二章 微妙な関係

 年若い『魔導の君』の伝説は、すでに王国では知らぬ者がいないほど有名だった。
 五才のときに非常に精密な人間の複製精神体を創り出したことから始まり、王都の大魔導師達の作ったキメラを一撃で倒したとか、天候を操ったとか、国王からの依頼でも気に入らないと絶対に動かないとか……数えればきりがないほどの『伝説』がいろいろとあるからだ。最後のはただの我が儘だと、ゼノスなどは常々思っているのだが。
「大恩ある陛下や魔術師長の頼みなんだ。にっこり笑顔で受けてくれよ、ルディ」
 仏頂面で馬を並べているルディに、ゼノスは苦笑しながらそう声をかけた。依頼の詳細を聞いて王城を出てからこっち、斜めに傾いだルディの機嫌はいっこうに治らない。
「そうは言うけど、腹が立たない? 沼のほとりに魔導生物が増えたってのは聞いたことあったけど、それが王宮の魔導師連中のしょうもないミスのせいだったなんて……結局はコレ、奴らの尻拭いじゃないか。最近ゼノが帰ってこれなかったのも、魔導生物が周辺の街を襲わないよう、遠征地で小競り合いをくりかえしてたからだろ? ……なんでゼノがそんなののために、かけずり回って働かなきゃいけないんだよ!」
 我が事以上にプリプリしているルディに、ゼノスは苦笑を深めて肩をすくめた。
「そりゃまぁ、お国に仕える身としては仕方ないんじゃないの? おまえも立場的には俺と似たようなものだろうが」
「オレは別に国に仕えてないもん。国の方が力を貸してくれって言ってくるだけで」
「……モン、って……そのたびに俺が駆り出されてないか? おまえ、我が儘言って引き受けるの渋るから」
 ゼノスの声に、ルディはぷいっとそっぽを向いた。どうしてゼノス以外には我が儘を言ってごねるのか、ゼノスはちっともわかってない。
「とりあえず、上の連中に恩を売るってことで、がんばってくれよ。な?」
 笑ってそう言った朴念仁に、ふいに後ろから困りきった声がかかった。
「……隊長……それはちょっと……」
「おわっ? バルドっ? おまえ、いたの?」
「……最初から居ましたよ。ず〜っと……」
暗い声で言う部下に、そういやそうだったとゼノスは笑って後頭を掻く。
「いやぁ、つい忘れちまってた〜」
「……忘れないでくださいよ。一応、おれ、王宮への連絡係なんですから」
 悪ぃな、と笑うゼノスの横で、ルディがちょっと不機嫌そうな顔になる。その様子に、どうも自分はお邪魔虫らしいとバルドは首をすくめた。
 ……それにしても。
(……年の離れた義理の兄……弟? それとも妹?……だよなぁ?)
 和気藹々と馬を進めていく二人を見比べて、バルドは首を傾げた。それにしては、何かこう……不思議な違和感があるのは何故だろうか?
(………………気にしないでおこう)
どうも傍目から見ていちゃついてるようにしか見えないは、きっと自分の気のせいだ、と彼は自分自身にそう言い聞かせた。

※ ※ ※
 
 問題の沼は、王都から西にほんの十数キロという近い場所にあった。高台から、今も騎士団が駐屯している辺りと沼を見比べて、ルディは呆れたため息をつく。
「……こんなに近くだったんだ」
「そう。こんなに近く。おかげで俺達騎士団員は、奴らを沼から出さないように必死!」
「……そうだろうね。しかも原因は王宮の魔術師達だし。必死に隠そうとするはずだよ」
「……いや、俺達ががんばったのは、別に奴らのためじゃないんだけどよ……」
 十三の子供に冷ややかに言われて、ゼノスはぽそぽそと呟いた。ルディはその声にちょっと微笑む。
「わかってるよ、ゼノ。ゼノはオレ達を守るためにがんばってくれたんだよね。ちゃんとわかってる。……わかってないのは、城の連中だけど」
「ル〜ディ〜」
 最後の部分で子供らしくないシニカルな笑みを浮かべるルディに、ゼノスは呆れ半分心配半分に名を呼んだ。昔からそうだったが、ルディは年齢に反して非常に大人びた考え方や表情をする。精神年齢が高いのだ、とは、王宮魔術師長の言葉だったが、ゼノスはそんな言葉でルディを言い表すのは嫌だった。
(……セイシンネンレイとか、そういうのはよくわかんねぇけど。ルディは十三の子供なんだ。……ああいう表情はよくねぇよ)
 じっと見つめる眼差しに自分を案じてくれる色を見つけて、ルディはくすぐったそうに微笑った。それはひどく愛らしい表情だった。
「とりあえず、仕事を先に片づけてしまおうよ。そしたらゼノはしばらく家で暮らせるんだろ?」
「そうだが……あ、いや、後始末を済ませてからだな」
「後始末?」
 あぁ、と頷いて、ゼノスは後ろ頭を掻いた。
「城の魔術師連中がこの沼に捨てちまった、魔導生物の卵を殲滅しないといけないだろ?どうも繁殖しまくってるみたいだし」
「それもついでオレがやるよ」
「ルディ。言葉、言葉」
「……いちいち気にしない! ……卵といえど相手は魔導生物だ。ゼノ達じゃ危険だよ。早く済ませればその分、休みは長くとれるし」
「いつの間にそういう話しになったんだ?」
「詳しい状況を聞いてるときに、陛下に言って約束してもらった」
「へぇ……長期休暇なんて、貴族でもなきゃめったにないってのになぁ……よくとれたな?」
どこか他人事なゼノスの言葉に、ルディはにっこりと笑う。
「オレとしては、仕事で一緒の時間が増えるなら、長引いてくれても別にかまわないんだ。早く仕上げる必要ないだろ? で、それを言ったらそういうことになった」
 それは普通、脅迫したとは言わないだろうか?
 こっそりと心の中でつっこんで、バルドは軽く頭を抱えた。ゼノスの方はいまいち事情が飲み込めていないらしく、不思議そうな顔で首を傾げている。
 頼むから気づけ、とバルドは念じた。
「お前がついでにやってくれるなら、俺達としては大助かりなんだが……何か手伝えることとか、ないか?」
「ない」
 天才魔導師の答えはにべもない。
「火が効かないんだ、あの化け物には。水属性に加えて炎属性も持ってる魔導生物だから。炎で浄火できないんだから、普通の人間には手出しができない」
「え…? うぇえ? そうなのか? 燃やし尽くせばいいんじゃねぇの?」
「駄目。だからこそ城の魔術師達でもどうにもできなかったんだよ。風の魔法で斬ろうとしても、水の膜で防御されてしまうし」
「そっか……魔法のことはよくわからんが、城の魔術師達がこぞって匙を投げたんだもんな。いろいろと難しい問題があるんだ」
「まぁ……別系統の魔法使うから、今回はそうでもないんだけどね」
 先に難しげに言っておきながら、ルディは軽く肩をすくめてこともなげにそう言った。ゼノスとバルドは顔を見合わせる。
「「そうなの?」」
 見事に重なった二重奏に、ルディは頷く。
「そう。ただ、広範囲に影響がでるから、できれば使いたくないんだけど……ま、いいかな。魔導生物に街が襲われるよりはマシだろうし。えぇと、バルド、だったっけ?」
「え? あ、はい!」
「駐屯中の騎士達、どけてくれないかな? 大きな魔法使うから、あのままだと完璧に巻き添えをくらって全滅するよ」
「!!! は はいッ!!」
 途端に血相を変えて走り去るバルドを見送って、ゼノスはちょっと気の毒そうな顔をした。チラッと小さな魔導師を見下ろす。
「そこまで脅す必要、ないんじゃねぇの?」
「……あのね。なに言ってるんだよ、ゼノ。オレがこれから使うのはすごく危険な魔法なんだよ? 言っとくけど、オレはゼノが思うより優秀な魔導師なの。魔力だって、前よりずっと強くなったし、魔法だって上手く使えるようになったんだから」
 拗ねたようにそっぽを向く子供に、ゼノスは苦笑して手を伸ばした。今はまだ広げた片手にすっぽりと包める頭を撫でて、そっと声を落とす。
「知ってるさ。俺のちっちゃなルディが、王国で一番強い魔導師だってことなら。だからこそ、難題だっていうこんな依頼をおまえに頼みに来たんだ。国王陛下からの依頼だとしても、おまえが頼りにならなかったらこんなこと頼みに来たりしなかったさ」
 低く優しい声に、ルディはちょっと上目遣いにゼノスを見上げた。いつも変わらない優しい目が、自分を見下ろして笑っている。
 ルディの一番大好きな目だった。
 いつも傍にあってほしい眼差しだった。
そう思うとせつなくなって、ルディは地面に視線を落とした。胸がほんの少し、痛い。
「……魔力が強くたって、いいことなんか無いよ」
「……そうか?」
「そうだよ。いくら魔法が上手く使えるようになっても、オレはちっとも成長しないし。……ゼノはちっとも家にいてくれないし」
「おまえはちゃんと成長してるさ。……まぁ、なんて言うか、育って欲しい方向にはなかなか育たないみたいだけどさ」
ゼノスの声に、ルディは真っ赤になってプイッとそっぽを向いた。
「……どうせオレは色気が無いよ。胸だってぺったんこだよ」
「俺はそれより、その言葉遣いをなんとかしてほしいけどな。そんなんじゃ嫁の貰い手がないぞ? バルドなんか絶対、おまえの性別間違えてるだろーし」
 はっきり言って、一見でルディが女だと見抜けるのは、途方もない女好きか生気が見えるとかいう高位魔導師ぐらいなものだった。青騎士団長など、いまだにルディを男だと思っている。
「いいよ別に。誰が誤解しようと、どうでもいいし。それに、ゼノは言葉遣いなんて気にしないんだろ?」
「うーん……そうだなぁ……女の子らしくなってほしいってのはあるけど、別におまえがおまえであればいいかな」
「じゃあ、別にいい。オレはずっとこのままでいる」
 赤い顔で断言したルディに、ゼノスは不思議そうな顔をしたあと、意味に気づいて赤くなった。思いっきり慌てた。
「お、おい、ルディ。俺はだい〜ぶいいトシのオヤジなんだけどよ?」
「なんだよ。ちゃんと約束したろ? オレが嫁きそこねたらもらってくれるって」
「いや、それはおまえの嫁の貰い手が全くなかったらのことで……早くも諦めちまうなよ。おまえ、造りは上等なんだから」
「誰が化け物みたいに強い魔導師なんかもらってくれるってんだよ? おまけに、オレは男みたいだし! そんな奴を前にして平気だっていう、鋼の心臓をもってるのはゼノぐらいなもんだ!」
「鋼の心臓って……おい、俺は別におまえを怖いなんて思ったことねぇぞ? それでも鋼の心臓なのか?」
「怖いって思わないこと自体が鋼の心臓なんだよ! もう!」
 真っ赤になって怒鳴るルディに、ゼノスは困ったように頭を掻いた。眉がへの字になっている。
「俺なんぞあてにしなくても、年頃になりゃあ求婚者が殺到すると思うんだけどな……」
 乙女心のわからない朴念仁は、呟いた直後に「馬鹿!」と拳で殴られた。




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