君のいる世界で共に

文明の発達は素晴らしい。
 地球も四千年で恐るべき発展を遂げたが、かつての魂の故郷も負けていないらしい。ガスも電気もない世界なのは記憶の通りだが、そこここで地球並かそれ以上の発明品もある。アニシナ嬢など、世界の宝と言えるだろう。
 けれど聞くところによると、何故か彼女の発明は上層部ではウケが悪いらしい。なんでだろう? なんで渋谷は彼女の研究をもっと生かそうとしないかな? 地球で言うところのエジソンとか、そういう偉人だと思うんだけど。
 僕の前でガタガタ震えながら兵卒用の風呂場に飛び込む親友は、この高速艇の凄さや彼女の発明の驚くべき性能について、イマイチ判ってないような気がする。僕なら治世に生かすように動くけどなぁ……話しに聞く発明者の性格と珍発明度を考えると、それもある意味賭けだろうか? もしかして、そのせいとか……?
 相変わらず、気の強い女性は苦手のようだね、渋谷。なんだかんだ言って、好みのタイプだと思うんだけど。
(……それにしても、高速艇とは恐れ入ったな)
 まさかこんなものまで開発されているとは。……それにしても、硫黄臭い。すごく臭い。
 フォンビーレフェルト卿でなくとも、気分が悪くなりそうだ。
(……これも、戦争下で作られたんだよな……)
 文明や産業が高度成長するきっかけの一つに、渋谷の嫌いな戦争がある。この高速艇然り、戦闘機具類は言うに及ばず、資材や兵士を送り込むための行路の整備、通信手段の向上、様々な製材・加工業も発達したはずだ。地球と同じように。
 忌むべきものだが、確かに人は必要にかられた時や、追いつめられたときに、恐るべき底力で常にない物を作りあげる。魔族とはそれは変わらない。より良いものを、より強いものを、より頑丈なものを、より鋭いものを、より早くより正確により大量に……技術は向上する。誰かを殺すために。
 それがどれほどの罪悪か、戦渦の中で気づく者は少ない。
(……けど、もう起こさせはしない)
 戦争など、渋谷の統治下には絶対起こしてはならない。
 なにしろあれは、国力が衰退する原因にしかならない。他国を征服し、奴隷としてこきつかうような国王であれば、確かに戦勝中は国力は向上する。いろんなものが発展し、技術も上がるだろう。
 だが、戦は生命を奪い、田畑を焼き、踏み荒らして焦土に変える。豊かな土地を荒らすのは一瞬ですむが、荒れた土地を元通りにするには何年もの年月を有する。例え他国がもっていた何かを奪って豊かになった気になっていても、結局は国を荒らしているのだ。外も、中も、関係なく。命を奪い、土地を荒らす戦に意味など何もない。突き進んだ戦場の途中で後ろを振り返り、跡にただ焦土が広がっていることに気づいて愕然とするだけだ。
 害悪の極み。戦争という名の虐殺劇。しかも往々にして一握りの人間の都合によって、それらは戦端を開くことになる。
戦争などあってはならない。
 例えそこに、どんな大儀があろうとも。
それに、なにより、
「……なによりも、彼の精神がもたない……」
 口からこぼれた呟きに、さっさと脱衣状態に入っていた渋谷が肩越しに振り返った。なにー? と問うが、きっちり言葉が聞こえていたわけでは無いのだろう。なにもー?と言い返すと空耳かともう忘れて服との格闘に戻る。その呆れるほど純朴な素直さ。
 平和主義を掲げる彼は、奪われていく命を無視できないだろう。その人達一人一人の人生を思い、嘆くだろう。敵味方の区別など、彼にとっては意味のないことだ。同じ命だ。ただ等しく、この世界に生まれた命なのだから。
(それが渋谷だ)
 別にキリストやどこかの宗教指導者のように、崇高で綺麗な思想を掲げているわけではない。ただ一人の『人』として、平和で暖かな世界で育った優しい『人』として、どうか皆幸せに生きてと願うのだ。例えば泣いているより笑っているほうがいいとか、そんなごく普通のちょっとした優しい気持ちで。
 ……とてもじゃないが、もたないだろう。彼に戦争は無理だ。勝っていようと負けていようとお構いなしに、心がボロボロになってしまう。
(……僕も、もう嫌だ……)
 自分が体験したことではないが、いくつもの戦争を記憶している。いいことなど何もない。ただ辛く、苦しいだけだ。
 あんな思いを渋谷にさせたくない。自分ももう、味わいたくない。彼が平和主義を掲げるのなら、これ以上のものはないだろう。自分はただ、彼のために、彼の理想に力を貸せばいい。
 例えその先に、どんな事態が待ち受けていようとも。
 視線の先で、ようやく上着を脱ぐのに成功した渋谷が盛大な息をつく。あけすけな表情、心のままの真っ直ぐな目。
 彼を見るとき、奇跡に立ち会った気分で思う。

 ずっと、この世界が続きますように。

 ようやく手に入れることができた、誰よりも近く尊い魂に祈る。

 ずっと、傍にいられますように。

 彼のためならば、きっと自分はどんなことでもするだろう。彼の敵になる者には、きっとどんな手段も辞さずに対抗するだろう。それが誰であり、何であろうとも。
 この気持ちはもはや友情や愛情よりも妄執に近いのかもしれない。たぶん綺麗なだけの気持ちでは無いだろう。だけどただ、彼の隣にいるとき、この思いだけが体の全てを統べるのだ。

君の行く先に、いつも光があるように、と。

                                         END
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