Eau

高速艇と聞くと揺れそうな印象がある。もちろん戦艦であるドゥーガルド鑑も例に漏れず揺れまくりだ。何ノット出ているのかは不明だが、バウンバウンとたまにジャンプも繰り出している。
 ……もっとも、おれ的にはこの振動マシーンのような小刻みな全体揺れをなんとかしてほしい。乗ってるだけでシェイプアップされそうだ。
「っくしゅ!」
ずぶ濡れの服と格闘していたおれの横で、同じくずぶ濡れの服に苦戦していた村田がくしゃみをした。濡れてぺちゃんこになった髪が動作で揺れる。
「大丈夫かー?」
「らいじょーぶ」
あんまり大丈夫そうじゃない。
二人してずぶ濡れなのには訳がある。とある事情でぱんつ争奪戦をしていたおれ達に、ヴォルフが思いきり水をぶちまけたのだ。くっついてたのがイチャツキと思われたのだろう。例によって例のごとしだ。
ただでさえ寒い上に夜だったこともあって、とにかく体暖めてこようと手近な風呂場に飛び込んだのがついさっき。おれ様用にとあてがわれた部屋に行けば、艦長用のお風呂でのんびりできるのだが、この状況で部屋まで戻るのはまず無理だ。絶対に風邪をひく!
てことで心持ち広めの風呂を諦め、一般兵の狭い風呂に入ることにしたのだが……てか、狭ッ! 想像以上に狭いよ?!
「ふつーの風呂ってこんな風になってるんだ……って、うぉ、ちょ、シャワーと風呂はセットですか?!」
「ビジネスホテルとかでもそーだよー? うわ、想像以上に狭いな」
後から入ってきた村田が眉をひそめる。おれの眉はへの字やらハの字やら下がりっぱなしだ。男二人で狭い風呂。男二人で狭い風呂!
……なんだか、初めてのコトはたいてい村田とセットな気がするぞ……?
「渋谷、そんな所で突っ立ってないで、奥行くなりなんなりしてくれ。とにかく体暖めないと」
寒さに震える村田が後ろからせっつく。奥っていっても風呂釜の中も狭くて……あ、こら、後ろから手ぇ伸ばして蛇口ひねろうとするな! ただでさえ眼鏡なしのコンタクト外しでろくに物なんて見えてないのにッ! 手が、手が違うとこ彷徨ってますよー!?
「いーからおまえは風呂ん中入ってろ!」
「お湯ないよー?」
「今出すから!」
寒さに震える村田はせっかちだ。どうでもいいけど、ちょっと見、濡れた小動物みたいに見える。ぷるぷる震えてるし。
……やばいな。変なスイッチ入りそう。
「ひゃあっ?!」
よけいなことを考えながら蛇口をめいっぱい捻ったとたん、村田が変な悲鳴あげた。
あ、水だ。
「つ、冷た、渋谷! 水! 水ッ!」
寒さと怒りでベチベチ叩かれた。わかってます。わかってますとも!
「ちょっと待ってろって! 温度調整は……これか?」
「熱ーッ!!」
途端にあがる別の悲鳴。
我が儘だなぁ!!
「これっくらい許容範囲だろ!?」
「どこが!? 熱いよ!」
「ちょっと熱いぐらいがいいんだよ!」
「君は熱い湯が好きだからそう言うけどね! ぬるま湯にじっくりつかるほうが体にはいいんだよ!」
村田おじーちゃんはいろいろ物知りだ。というかですね、人を盾にしてんじゃねーか! おまえは!
「ああもう! お湯かぶってんのはおれだけだろ!? おまえも被れ! おれを盾にしてんじゃねぇって!」
「だから熱いんだってあつあつあつアツ、わざとだろ!?」
ベチィッ!
ものすごい勢いで腰の辺りをぶったたかれた。うぉ、珍しい。目が本気で怒ってる。
「ぶはっ」
思わず吹き出してしまったおれに、必死でお湯をよけてる(でも狭くてよけきれない)村田がいっそう眦を厳しくした。
「なに笑ってるかな!? いいからちょっとお湯の温度、落とせ、って!」
おれのほうが蛇口と温度調節口の側にいるから、村田がそれをつつこうとすると、どうしてもおれに抱きつく形になる。んでもってシャワーの熱めのお湯はおれの頭上あたりから降ってるから……
「〜〜〜ッ!」
熱いの我慢しながら一生懸命手を伸ばしてる村田は、はっきり言ってむちゃくちゃ可愛らしい。普段は腹に一物アリの秀才君のくせに、たまにこういう小動物的なイキモノになるのは何故でしょう。
思わず邪魔したくなるじゃないか。
「し〜ぶ〜や〜ッ」
調子にのって邪魔してたらものすごい目で睨まれた。笑っちゃ悪いと思いつつも止められない。だって、こんなにムキになる村田って、そうそう見られやしないしー。
「お前、本気で熱い湯苦手なのな」
「前からそう言ってるだろ!? 人が苦手なの知って……手ぇどけろよ! もう!」
うははははは。やめられません。
そうこうしている間に、足下にはじんわりと湯溜まりができてきた。排水溝は塞いであるから、しばらくすれば湯もたまるだろう。
村田の苦手な少々熱いめの湯が。
「熱いって! ほら! 腕とかもう真っ赤になったじゃないか!」
言われて見れば、確かになまっちろい肌が淡く色づいている。暖かくなって内部からほんのり赤くのは色っぽいのだが、叩いた跡みたいに部分的に赤くなった肌は可哀想だった。
「肌弱いのな」
というより敏感肌!?
そんなことを思った途端、ものすごい目で睨まれた。
「暢気に言ってないで、いいからそっち替われよ!」
狭い浴槽内で立ったまま位置替え。おれが動かない限りそれは無理だ。無理矢理方交替しようと思えば、おれにひっついてぐるりと回転するしかない。おれにぴったりくっついちゃってる状態の村田の肌は、もうあちこちが赤く火照っていた。
飛んで火にいる夏の虫。
「うひゃっ」
隙を逃さず無防備になっている脇腹をなで上げると、変な悲鳴を上げて飛び上がった。夏の日差しに何日か焼けたせいか、いつもよりちょっと肌状態が悪い。もったいない……せっかくのもちもち肌が。
「ちょ、渋谷!? なに、いきなり……うわ?!」
驚き、慌てて離れようとするのをひっ捕まえる。両腕をがしっと掴んでバンザイさせると、いろんな意味でオープン状態。
「渋谷?!」
ぎょっとなった村田に、おれは悪魔のにっこり笑顔。
バンザイ村田はそのまま前進ー。おれは後退。位置がズレて見事に湯を頭から被る被害者一人。
「熱ーッ!」
おれ的にはちょうどいい温度なのだが、熱いの苦手な村田にはダメな温度である。ぎゃーっと体を縮こませて熱さに耐えるが、両腕バンザイ状態で引っ張られてるのでどうにもならない。なんとか振り解こうと悶える姿が、これまたなんとも言えずえっちくさかった。
「し、渋谷、ちょ……ッ」
抗議の声が途中で跳ね上がる。声だけでなく体も小さく跳ねた。おれは薄く笑う。こんなに間近にいて、こんなに接触して、この状況下で何もしない男がいるだろうか? いやいない。


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