断罪の章 プロローグ

 静寂が夜空の星々を叩き、耳に痛いほどの「音ならぬ音」が、深い闇の中に響き渡る。
 風は無く、夜は深く。石畳に転がった小石すら、恐怖に身を縮めたかのように小揺るぎ一つしない。
 いつもの夜、と言うには、いささか得体の知れない気配が強い。
 そんな異様な静寂が破られたのは、月がゆっくりと中空から傾きはじめた頃だった。
 嵐のような馬蹄の轟きが石畳に弾け、周囲の大気をビリビリと震わせる。路地裏の野良犬が驚いて身を潜め、疲れた目に警戒の色を強くした。
 夜のベールを破って現れたのは、夜そのもののような黒塗りの馬車。
 御者も黒服に黒帽子、黒い手袋と黒ずくめ。馬も闇に溶ける夜の色。馬具は言うに及ばず、馬車の窓にかけられた布すらも、人目を避けるように黒い色をしている。
 ひっそりと息を殺す野良犬の近くには、同じく疲れた目に警戒を宿したいくつも影がいた。彼らと野良犬は決して争わない。互いに、日々を死にものぐるいで生きる者同士だからだ。
 いくつもの目は、夜を引き裂きながら走る闇色の馬車を追う。
 憎むように。蔑むように。
 あるいは、狂おしく渇望するように。
 馬車はそんな視線を振り切るように、石畳を荒々しく叩きながら走り去る。
 遠くなる音と同時に、のろのろと通りに出て行く複数の影。
 彼らはただ見ていた。
 自分達とは違う場所に生きる、傍若無人なイキモノの乗り物の行く先を。
 その先にあるのは、首都の北。貴族達の住む区域。
 彼らは知らない。馬車には一カ所だけ金色に光る場所があり、そこに家名を記す紋章があるのだということを。
 彼らは知らない。その馬車の紋章が、自分達の住む孤児院のそれと同じものであることを。
 彼らは知らない。
 夜の闇の中で、彼らを見る瞳のあることを。
 ゆるやかに包囲を縮めるように、ゆっくりと目に見えないものが、闇の中で進められていることを。
 そして誰も知らない。
 さらにそれを見る、人ならざる不可視の視線があることを。
 音が絶え、静寂が戻り、月が傾ぎ、星が瞬き、そして、街の片隅で、人の姿が消えていく。

 ──あたしは、ただ、それを見ていた。


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