5 招かれざる客の変な趣味

「だから、どうしてあなたは私に張り付くんです!?」
 本日三度目の飛びつきをしたあたしに、さすがのレメクも叫んだ。
 いやまぁ、飛びついたというより、飛びかかったと言うべき勢いではあったが。
「だっておじ様! だってねぇ!!」
 あたしは満面笑顔のままレメクに張り付く。両手両足を使ってガッツリ。
 ちょうどあたしの頭の位置に彼の腹筋があり、そこにスリスリと頬ずりまですると、くすぐったいのかレメクが妙に逃げ腰になった。
 甘えたい盛りなのだ。察してくれ。
 ……やりたい放題とも言うが。
「だっても何もありません! 自分が女性であることを強調するのなら、もっとそれらしい態度をとりなさい! 異性に飛びつくなど、はしたない!!」
 レメクの叱責はいかにも正論なのだが、一つだけ抜けている。
 特別な相手なら、女はいつだって積極的だ。
 飛びつきもするし、場合によっては押し倒す。破廉恥な人は常識を失いがちだが、だからといって慎み深ければ情熱を得られるわけでもない。
 ハッキリ言おう。恋愛は戦争だと!
 相手がいっさい手出しをしないこの現状。こちらが先制攻撃をかけなければ、まず何も始まらない!!
 恥など捨てろ! 捨て身でいけ!!
 ということで、現在の状態だったりする。
 まぁ、とある知り合いの宿のおねーちゃんの受け売りなんだけどね。
「だいたい、あなたは、もう少し心身が成長してから恋愛を……いや、それよりも子供らしいつきあい方の勉強を……」
 あたしを張り付かせたまま、何故かレメクが廊下に出る。
「それ以前に、もう少し体調が戻るまで大人しく……」
「……っておじ様、いったいどこへ?」
「厨房です」
 あたしをペッタリ張り付かせた格好で?
「さっきの客のせいで、私はまだ昼食を食べていません。一日三食、定時に食事をするのは大事なことです。ところでベル、あなたは?」
「あたし?」
「昼食を食べましたか? 一応、サンドイッチを作っておいたはずですが」
 あたしはツィーッと視線を斜め向こうに逃がした。
「……朝ご飯に……」
「あの量を全部食べたわけですか」
 呆れまじりの口調だが、そこに驚きは無い。これまでの食べっぷりで、あたしの胃袋を理解しつつあるらしい。
 てゆかね!
 食べられる時に食べないと、死んじゃうんです!! あたし達は!
 いつでも御飯を食べられる人じゃないんだから!!
「…………」
 ぽん、と。
 なぜかレメクがあたしの頭を撫でた。
 あたしは「?」の顔でレメクを見上げる。
 レメクは何も言わずにそのままスタスタと階段を下りはじめた。あたしを貼り付けたまま。
 ……あたしが言うのもなんだけど、よく動けるなぁ……この状態で。
 と、頭上から静かな声がかかる。
「私が傍にいる以上、あなたを飢えさせたりはしません。だから、落ち着いて体にあった食事をしてください」
 彼の動きに合わせてちょこちょこ体勢を変えていたため、あたしは彼の顔を見上げれなかった。
 だから、そこにどんな表情があったのか知らない。
 ただ、その声はとても暖かかった。
 ついでに言えば……そう、これは……!
「おじ様! それはプロポーズね!!」
「違います!」
 即座に否定。
「何故そうなるんです!?」
「だって、私が傍にいる以上飢えさせないって言ったじゃない!」
「だから! 私の保護下にある今の現状を言ってるのであって」
 レメクは勢いよく反論しようとした。
 そう、しようとしたのである。
 おそらく理路整然と、立て板に水的に正論を。
 通常時ならば、それでこの話は終わりになっただろう。ただのじゃれつき程度の一幕だったはずだ。
 突然、おかしな闖入者が現れなければ。

 バァン!

 そんな音をたてて玄関の扉が盛大に開かれ、
「なんと! あぁ!! なにやらあり得ない幻聴に慌てて引き返してみれば!」
 変な男がやって来た。
「あのクラウドール卿が……」
 そこでその男は沈黙した。
 突然前触れ無く扉を開け放ち、演劇のごとく過剰なジェスチャーで嘆いてみせていたのに。あたし達の姿を見た途端、ぽかんと呆けた顔になって言葉を失ったのだ。かなりの美形だというのに、色々台無しな表情だ。
 まぁ、予想外すぎて思考も空の彼方にすっ飛んだんだろうけど。
 なにせレメクにはあたしが張り付いている。
 ……って、あれ? この人、あたしの方見てる?
 あたし単品??
 すると、一瞬硬直していたレメクが慌ててあたしの頭をぐいと背後に回した。
 痛い!
 てゆか、頭がもげる!!
「痛ーッ! おじ様ひどい!」
 とっさにレメクから離れて抗議したあたしに、
「ベル! いいから隠れ」
「ああああああーッ!! メリディス族ぅーッ!!」
 変な男が絶叫した。
 あ。
 ああ!
 あたし、幻の種族だった!!
 目を剥いてあたしを指さす男に、あたしはレメクが何故あたしを隠そうとしたのかを察した。
 しかし、もちろん遅かった!
「へ? きゃああああああッ!!」
 突然視界がブレたかと思うと、なんとあたしは見知らぬこの変な男に抱きしめられていたのである!
「ぎゃあ! なにこれなにこの人いやぁあああッ!」
 ごす! どか! べきっ!
 とっさにあたしの繰り出した唸る三連撃をことごとくくらいながら、しかし男はあたしをなおも抱きしめ続ける!
「メリディスだぁ! めりでぃすだよ! ああ! 探してた甲斐あったぁあッ!」
「離しぇーッ!!」
 いかん! こっちもパニックで言葉おかしい!
 というかもうあたしは全身鳥肌! ぜったい髪も逆立ってる!!
 あまりの嫌悪と恐怖に涙まで出てきたあたしだったが、そのとき、横から助けが入った!
「離しなさい、アロック卿」
 べりっ
 そんな音すら聞こえそうなほど、勢いよく男があたしから離される。
 ……うわ、相手の顔面掴んで引き剥がしてるよ。この人。
 あたしのほうはやんわり小脇に抱きかかえてるのに。
 意外なところでレメクの扱いの差を見てしまった。
 ……てゆか、遅いよ!! 
「く、くらうどーる卿ぉ」
 顔面を押さえつけられて遠ざけられてる男。
 えぇと、名前がアロック? その男が呻くようにレメクに言った。
「メリディスですよメリディスぞくぅ」
「見ればわかります。それが何か」
「保護対象ですよ!」
 ぱっとレメクの手から逃れて、アロック卿は輝く目であたしを見た。
 あたしはとっさにレメクの背後に回る。
 いまにも飛びかからんばかりのアロック卿に、レメクはあたしを背後に庇いながら言った。
「私が保護していますが、何か」
 その、冷ややかですらない、感情の欠落した声。
 途端、アロック卿は硬直した。
 ぎぎぎぃ、と錆びついた仕掛け人形のような動きでレメクを見る。
「今、何と……?」
「私が保護しています。彼女は今、様々な問題を抱えているため、私の監視下におかれることになりました」
「何故です!!」
 アロック卿、絶叫。
「あなたは保護官では無い!」
「えぇ。ですから、この子は『例外』という形になりますね」
「保護対象を保護するのが、私の使命です!」
「あなたが個人の趣味を出さないのであれば、私も彼女を預けることを検討したでしょう」
 パァッと顔を輝かせたアロック卿に、レメクは淡々とした目を向ける。
 ぎょぐ、とアロック卿が喉のあたりで変な音を出した。
 すごい……。目だけで威圧したよ、レメク。
「今のあなたは、彼女を預けるのに適任ではありません」
「そ、そんな……」
「あなたのメリディス族にかける情熱はウザ……いえ、熱いほど語られましたから、存じています」
 今、ウザイって言いかけたよこの人……
「ですが、それが並々ならぬものである以上、幼いこの子をあなたに渡すことはできません。ご自身の身から出た錆と思って諦めていただきます」
 決定事項の通達。あえて表現するならこれだろう。
 アロック卿は悲痛な表情でレメクを見て、そしてあたしの方をもう一度見た。未練がましく。
 あたしはヒシとレメクの足にしがみついてその視線から逃れた。
「何故です……何故あなたばかりがメリディスの血に触れるんですッ!」
 突然、アロック卿がそんなことを叫びだした。
 あたしには意味はわからない。
 ただ、叫びの裏側から「信じられない!」という、どこか悲痛な声が聞こえた気がした。
「あのお方の肖像画も……なぜあなただけが下賜されたんです!? 私も欲しかった!! 幻の、メリディス族……! ねぇ、見るもできず、ただ保護対象として文面だけで見るしかない、私の気持ちがわかりますか!?」
「さっぱりわかりません」
 ……ちょっとは酌んでやろうよ……
 あたしはレメクの背中に(というか、背筋のあたりに)飛びつき、ピタッと頭をくっつけた。
 ……ぐりぐりぐり……
「なのになぜあなたばかりに縁があるんです!」
「それは陛下にお尋ねください」
 さらりと出された敬称に、あたしはびっくりして顔を上げた。
 「陛下が『話しても良い』と思われたのなら、その時は話してくださるでしょう。『あの方』の存在とは、そういうものです。それはあなたもお分かりでは?」
「で、ですが、それならあなただって……」
「陛下より口止めされておりますので、詳しいことを語ることはできません」
 ただ、と呟くように前置きして、レメクは嘆息をついた。
「昔、あの方が生きていらっしゃった頃に……お会いしたことがあります」
 アロック卿の顔がいよいよ泣きださんばかりに歪んだ。なんであんただけ、と言いたいんだろう。
「何故あなただけ……!」
 ……本当に言っちゃったよ。
 あたしはいい加減イライラしはじめて、レメクの背筋に頭を押しつけた。
 わかってると言いたげに、レメクの右手がぺしっとあたしの手を軽く叩く。
 前に「変な人」、後ろに「しがみつくあたし」。
 前後を挟まれて、レメクもたまったもんじゃないだろう。
「別に私だけではありません。ただ、あなたとこうして言葉を交わしている私も、そのうちの一人だったというだけのことです。それに、あれは報酬として下賜されたものです。ちょうどいいからこれをやろう、と。誰かにそれを非難される覚えはありませんよ」
「でもあなたは保護官でもないのに!」

 ……ぷちっ……

 あたしの頭のどこかで、そんな音がした。
「あんたねぇ!」
「ベル!」
 レメクの腰から飛び降り、背後から顔だけ覗かせて(だってまた抱きつかれたら嫌だ!)、あたしは怒鳴った。
「いいかげん鬱陶しいわよ! 保護官じゃなかったらメリディス族と接点もっちゃいけない法律でもあるの!? 誰が決めたのそんなこと!」
「な、わ、私は」
「自分の特権振りかざしてんじゃないわよ! おじ様がメリディス族と関わりもつことの、何がいけないって言うのよ! 人徳でしょ?!」
「……それは少し違う気がしますが」
 ぼそっとレメクが呟く。
 無視!
「他人を嫉む暇があるなら、その分仕事をしっかりやればいいでしょ! そしたらいつか、あんたに保護される人もいるかもしれないじゃない! それを何!? 保護官じゃない保護官じゃないってそればっかり繰り返して! いい大人が情けない!!」
「ベル」
 レメクがあたしの頭に手を置いた。
 そうして、ちょっとだけ困ったような目であたしを見る。
「もう充分です。……堪えたみたいですよ」
 目線で示されれば……あれれ、なにやらショックを受けた顔でしょんぼりしている男発見。
 ……え、あたし悪いの? これ。
 いや、その……レメクの後ろから言うあたり、なんか虎の威を借る狐みたいで、確かにだいぶ悪いと思うけど……
「……一応……正論をしてみたつもり……だったんだけど」
「憧れの対象から言われれば、さすがに堪えるのでしょう。理解はできませんが、あの様子を見るに、そういうことだと思います」
 ……理解はできないんだ。
 いやまぁ、レメクの憧れって確かに想像もつかないんだけど。
「……あたしは……理解できちゃうかも。いつもおじ様にされてるから……」
 あたしの呟きに、レメクが目を見開く。
 ナニそのビックリした顔!
「……まぁ、これに懲りて、彼も自身の趣味を改めるといいんですがね」
 どよよんと暗雲を背負っている男に視線を向けて、レメクが話題を変えてくる。
 ……逃げたよ。この人。
「ねぇ……あの人の趣味って……?」
 ある程度の予想をつけながら問うたあたしに、レメクは嘆息をついて言った。
「メリディス族です」
 あたしはげんなりとため息をついた。
「……迷惑だわ」

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