3 魔女の贈り物 |
「……なにか知りたいことがあるのね? 情報交換?」 「いい感じに頭が回る。なるほど、あいつがそのまま手元に置いておくはずだな」 ニヤニヤ笑いを深めて、アウグスタがどこか別の場所へと視線を向けた。 それは部屋の外で、なぜかあたしはそこにレメクがいるような気がした。 「おじ様の知り合い?」 アウグスタは、あたしの問いにニュッと口の端をつり上げる。 「おじ様と呼ばせているのか。なかなかいい趣味だな」 「あたしの趣味よ」 なぜか笑われた。 「あの石頭の堅物が、おまえとどういう会話をしたのか……想像するだけで楽しいな! あぁ、ぜひともその場にいて傍聴したかった……! 神々もひどいことをする……あぁあぁ、次はぜひ呼んでくれ。礼はするぞ」 「お礼ねぇ……そうね、あなたが魔女なら惚れ薬が欲しいわ。誰でも一撃で倒せるようなやつ」 「くっく……ぜひ手に入れてやらねばならんな。当代一の魔女と交渉してみよう。誰に使うのかは……いや、これは聞いてはいかんな。ふふふ……さて、娘、おまえがここの屋敷の主を指して言うのならば、私はおまえの問いに頷きを返そう。私達は知り合いだ。……で、私が答えたからには」 「何が知りたいの?」 「……くく……。そうだな」 喉の奥で笑って、そうしてアウグスタはふいに表情を消した。 あたしは思わず後退る。 表情を消したアウグスタは、恐ろしいほど威厳に満ちていた。 形の良い唇が言葉を紡ぐ。 まるで神託を告げる巫女のように。 「……娘、おまえの幸せは、どこだ?」 あたしは数瞬、きょとんとアウグスタを見返していた。 言われたことがあまりにも唐突すぎて、頭の回転が追いつかない。 「あたしの幸せ?」 アウグスタは答えない。 ただその笑みが、そうだ、と言っていた。 ……あたしの幸せ。 あたしは答える。考えるまでもなかった。 「ここにあるわ」 その言葉に、 「…………。……そうか」 数秒の間を置いてから、短く、言葉以外の何かを 目を あたしはアウグスタを見上げた。 言葉を待ったのは、彼女が何か大切なことに決着をつけている気がしたからだ。あたしにはそれが何なのかわからない。わからないからこそ、それを邪魔してはいけない気がした。 「……ならば、よかろう」 穏やかとさえ言える声でそう呟いて、アウグスタはすっと伏せていた瞼を上げた。鮮やかな夜明け色の瞳が、何かを懐かしむようにあたしを映す。 「一つ、言おう。私はお前の素性に興味は無い。おまえがどこで生まれ、どこで暮らし、誰の血をひいていようと、どうでもいい。おまえは大層珍しい一族の特徴を備えているが、それについても、まぁさほど興味は無いな。だが、興味は無くとも保護はせねばならん。おまえの一族は、存在が稀なせいで色々と狙われているのだ」 「おじ様もそう言ってたわ……。珍しい色の髪と、なんか微妙な噂のせいだって」 「微妙な噂、か……」 聞いたアウグスタのほうが微妙な顔になった。気持ちはわかる。 「ねぇ、『微妙な』噂って何?」 「あぁ……まぁ、微妙と言えば微妙か……。体臭だからな」 体臭。 「え、えーッ!? 「あ〜……」 アウグスタはなにやら面倒臭そうな顔になって、あたしの前でひらひらと手を振った。 「誤解するな。悪いことではない。体臭、というのは言い方が悪かったかな。まぁ、一緒なんだが。……言い直すなら、芳香、と呼ぶべきだろうな。非常に良い匂いがするらしい」 「……でも体臭なんでしょ?」 「ンン、まぁな」 なるほど。レメクが『微妙な噂』と言うはずだ。 「えー……やだなぁ……そんなのでご先祖様は乱獲されてたの?」 「乱獲……あやつは、また……いや、言い得てるのだが、子供に言う言葉では無いだろうに」 まぁ私が言うときも同じように言ったろうが、とブツブツ呟いて、アウグスタは豪奢な金髪を乱暴に掻いた。 「部族が違えば、同じ人間として扱うこともせん時代が長かったから、まぁそういうことなんだろう。ちょっとでも珍しく、またそれが連中の『良いモノ』的な条件を満たしていれば、奴らは狩人のごとく対象を狩るからな。……相手が人間であろうが獣であろうが、奴らにとってどうでもよいことだろう。躊躇はせんだろうし、相手の人権なぞはなから考えておらん」 困った連中だからな、と言う言葉はどこか吐き捨てるような感じだった。 「だいたい、おまえの一族もな、ちょっと受け身すぎだ。なんだあの掟は。裸見られて触られたらアウトだと? そんなもの、悲鳴でも上げて牽制してから一撃喰らわせて無かったことにしてしまえばよかろうが」 「うっ……!」 我が身を顧みてあたしは呻いた。 というか、なんでこの人はあたしに怒るのか…………まさかレメク、チクった?! レメクから報告を受けた上司、という簡単な図式が思い浮かんで、あたしは即座に臨戦態勢に入った。 もしそうならば、ここで負けるわけにはいかない! 「確かに微妙だなとは思うし、正直、うちの母さんのこと考えても『おいおい待てよ』と思ったりもする掟だけど、いい点もあることはあるのよ!」 「良い点だと!? あのビッミョウな掟にか!?」 「あるわよ! とりあえず、後継者は作れるわ!」 アウグスタ、唖然。 マジマジと見返されて、あたしは胸を張った。 「たとえ血の一滴分であろうとも、メリディスの血が流れているのなら、それはメリディスの一族だ、ってそう母さんは言ってたもの! なら、押しかけ女房だろうが何だろうが、とりあえず血を残せるっていうのは大事なんじゃないかしら!?」 「…………うぅ〜む」 アウグスタが唸り声にも似たうめき声をあげる。 あたしは握り拳を固めてそれを見守った。 二秒。三秒。 アウグスタがあたしをジロッと見た。 「うぅむ……全てにあてはまるわけではないが、確かに、良い点と言えなくもない。だが、感情が伴わなければ生き地獄だろう」 「うん」 あたしは即座に頷いた。 「そういう時は、そこはそれ、闇に葬ればいいのよ」 アウグスタはそれこそ目をまん丸に見開いてあたしを見たが、次の瞬間には子供のような笑顔になった。 「そう言いきるか!」 なんでそんなイイ笑顔なのかが謎。 「はは! そうだな、いつの時代でも、あのままであるはずがない……そうか、そう言いきる娘もいるか……」 あたしはアウグスタを見て、ふいに(あぁそうか)と気づいた。 アウグスタは、あたしを通して別の誰かを見ているのだ。 たぶん、その人はメリディス族で、掟のせいで好きでもない人と結婚するハメになったのだろう。 その人の生涯は、たぶん、幸せじゃなかったのだ。 ……この傲然とした魔女に、こうまで感慨を与えるほどに。 「……おじ様は、掟でも必ず従わなければならない義務は無い、って言ってたわ。一族会議っていうのにかければ、どうにかなることもあるって」 「ふむ……」 アウグスタは顎に手をやり、そしてハタとあたしを見た。 「ん? ふぅん?……ほほ〜ぅ?」 ……な、なんだろう。 先程よりもずっとマジマジと見られてる。 「一族会議……シャーリーヴィの森……長期休暇……はっはぁ……なるほど」 にやあ、とその口元が邪悪にひん曲がる。 あたしはハッキリと、悪魔の笑みだと思った。 「ああああなぁるほどなぁ……そういうことだったか。ふはははは」 すごい悪役丸出しの声だ。 どうやったらこんな底意地悪そうに楽しそうな声を上げられるんだろうか。 「うん。娘よ」 あたしを見てニッコリと。先の悪魔ぶりなど無かったかのように微笑む。 あたしは一歩後退った。 「な、なに?」 「うん。まぁ、なんだ。私はおまえの味方だ」 「……は?」 あたしの目が点になった。 アウグスタはニヤニヤと笑み崩れる。 「困ったことがあったらいつでも私を頼るがよい。なに、おまえは私の家族だ。私が今、そう決めた」 「は?! えぇ!?」 「ふふふふふ、喜ぶがいい、娘よ。私は強いぞ。なにせ最強だ。いつでもおまえの力になってやる。かわりに結婚式には呼べ」 あたしが返事をするより早く、しなやかな腕がサッと伸びてあたしをぎゅーと抱きしめた。 く……苦しッ! 胸! 胸で息がッ!! あたしは悟った! 巨乳は凶器だと!! 「我が妹に祝福を授けよう。──汝が苦境に立ちし時は、我が力を持って其を打破することをここに誓う。汝は我を呼び出す力を得る者なり」 巨乳に顔面を圧迫されてもふもふしていたあたしの顔を、ぐいっとアウグスタの手が仰向かせる。額に、柔らかくて暖かいものが触れた。 でこちゅ? 「汝に『門』の加護を授ける。使いどころさえ間違わなければ、大いなる力を与えてくれるだろう。おまえの幸運を祈る」 ニヤリ、としか言いようがない笑みを浮かべて、アウグスタはあたしを手放した。 ようやく呼吸困難から逃れたあたしは、まだ顔中に残る巨乳の感覚に、パシパシと両頬を叩く。……まだフニフニしてる気がした。 「ではな」 そんなあたしに惚れ惚れするような悪魔の微笑を投げかけて、アウグスタはベットの横の壁を抜けた。 「!?」 文字通り、抜けた! 「うそ!?」 あたしは思わず後を追い、アウグスタが消えた壁に手をあてた。 ペタン、と音がして硬い感触が返る。あたしは自分の掌を凝視した。 「……ま……魔女……」 驚いた。本当に魔女がいるなんて! あたしは そこにある確かな感触。硬く冷たい壁。あたしの脳裏に口の端をニュッと上げたアウグスタの笑みがちらついた。 というか、彼女はいったい何者なのか? (てゆか、一番の問題はレメクとの関係じゃない!) ペチペチと壁を叩く手に力がこもる。 ここはレメクの部屋だ。彼の寝室だ。なのに、なぜあの魔女はここにピンポイントで侵入しやがったのか! (いかん! あの女は敵だ!!) 魔女曰く「味方だ」とのことだが、どこまでそれを信じていいものか……ッ! あたしは渾身の力を込めて壁を叩いた。 「迂闊だったわ……!」 「……なんの迂闊ですか」 背後で呆れた声がする。 ぎょっとなって振り返った先に、呆れかえった顔であたしを見るレメクがいた。 |
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