6 アルトリート |
ピリッと空気が震えたのを感じた。
わずかに身構えるアディ姫と、唇を引き締めてレメクを睨むアルトリート。 一瞬で緊張した二人に、レメクはただ静かに答えを待つ。 「あたしは──」 「俺は──」 二人は同時に声をあげ、咄嗟に互いの顔を見た。 「陛下に呼ばれて──」 「付き添いで──」 さらに同時に言葉を発し、ムッとした顔で睨みあう。 「あたしが喋ってんのよ!?」 「俺が喋ってんだぞ!?」 ──なんだろう。この息の合いっぷりは。 二人はなにやら腹の底を探り合うような目で互いを熱く見つめつつ、グリグリと肘でつつきあっている。 ふつー、若い男女が熱く見つめ合えば、そこはかとなく桃色な空気が漂うと思うのだが、この二人にはどーやら当てはまらないらしい。 ……宿のおねーちゃんが言うことにも、例外ってのがあるんだな…… 彼等の目は、酒場で商人のおっちゃん達が互いを見る目にソックリだ。 それにしてもこの二人、ここにいる理由を問われただけで、なんで緊張なんかしたのだろうか? ……なんかヤマシイコトでもあるのかな? 「お一人ずつお願いします」 首を傾げているあたしを地面に降ろして、レメクは未だ睨み合いを続けている二人に声をかけた。 延々目の前で睨み合いを続けられても困るため、あたしもウンウンと賛同を示す。 なにより、彼等が答えてくれないと、あたしはご飯にありつけないのである! ぐー! と勢いよく催促する腹を押さえて、あたしは礼儀正しく二人の答えを待った。 「あたしから言うわっ!」 ぎゅー。 「って言っても、お義母様から『図書館にばっかり籠もってないで、大祭の間ぐらいは王宮に来い!』って言われて出向いてきただけなんだけどね」 ちなみに、彼女の言う『お義母様』は 「あ〜……この庭に来たのは、たんに末姫ちゃんがここに侯爵がいるから、って言ってたからなのよね。侯爵だってピンときてたんでしょ? 案内人だって。ま〜、ついでに侯爵と末姫ちゃんの二人をじっくり研究したいっていう素朴な欲求もあったわけだけど」 ……ヤな欲求だな…… ぐきゅーぅー。 「あと、一応言っとくけど、あたしは大祭の初日っからいたわよ? そりゃ〜侯爵みたく目立たないから、そちらは知らなかったでしょーけど」 腰に手を当て、ふて腐れたようにそう言う彼女は、けれど決して人目を惹かない容貌ではない。 豊かな赤毛は艶やかで美しく、プロポーションも抜群に素晴らしい。 そう、特に乳。 王宮にいるわりにドレスも髪型も地味っぽいのにしているから、確かにキラキラに着飾った人達ほどは目立たないだろうけど、これで着飾ったらかなりすごいことになりそうだ。 レメクもそう思ったのか、彼は微苦笑を浮かべて頭を下げた。 「なるほど。それは失礼いたしました」 ぎょぅろろー。 「で? そっちのニーさんは? てゆか、レンフォード公爵家のアルトリートって言ったら、社交界でも有名みたいだけど。あっ! そーいや、チョイ前にチ ラッと見たんだけど、なんかよく似た背格好の人と一緒だったよねぇ? 君。君とは直に一回廊下で会ってるけど、もう一人の方とはまだ直接会ってないのよ ね。後ろ姿しか知らないけど、前から見ても似てるんだって? なんか君より毛色良さそうな感じだったけど、あれが噂の『公爵夫人の隠し玉』? 夫人が王家 の乗っ取り企んでるって本当? にしてもなんだってこの庭に来てるわけ? 君」 「一息にイロイロ質問すんな! そしてズンズン近寄ってくんな! 近ぇよ体が! だいたい……」 きゅるっきゅるっきゅるっ。 「「「…………」」」 三人の視線があたしに集中した。 あたしはしょんぼりと腹を押さえる。 「……なぁ」 そんなあたしを眺めたまま、なんとも言えない顔でアルトリートが呟いた。 「……腹空かせてるヤツに、先に何か喰わせてやらねぇか?」 あたしの目が涙でキラリと輝く。 アディ姫とレメクの目もちょっぴりキラッとしたのだが、その理由は不明である。 「こ、このっ、このパン、美味ぇ!」 「このもふっ、ほの、さんどうぃっちもっ、う、うまうまっ!」 目の前に広がる楽園のごとき光景。 大きなマットの上に並べられた料理の数々は、野外であることを除いても驚嘆に値した。 白いもちもちパン、炙り肉と野菜を挟んだサンドイッチ、にんにくと鷹の目を加えられた魚貝スパゲティ、瑞々しいサラダ、トロトロの煮込み肉、香草焼きのチキンに、香辛料をきかせた炙り肉、そして色とりどりの果物! あたしもアルトリートも競うように手を動かし口を動かし、次々に料理を頬張った。 「うもっうももっ!」 「うう! ううう!」 「……人間の言葉を喋っていただけませんか、二人とも」 ひたすら口に食べ物を押し込み、咀嚼し、飲み込み、押し込む。それを繰り返すあたし達に、レメクはただただ呆れたような顔で嘆息をついた。 マットを囲んで座るのは、時計回りにアルトリート、レメク、あたし、アディ姫。 アルトリートとあたしは向かい合う形になっているのだが、マットが大きいため互いの位置はそこそこ遠い。 しかし! この感動を分かち合うには十分すぎる距離である。 「……ベル、せっかく良くなっていた食事マナーが台無しになってますよ」 ハッ! 指摘され、あたしは両手に肉を握りしめて固まった。 ああっ! 王宮用に特訓してたのにっ! 全部台無しに! ああ台無しにッ!! でも美味しすぎて止まらないやめられないっ!! 涙ながらに見つめつつ口に押し込みエンドレスを繰り返しているあたしに、レメクは何とも言えない微苦笑を浮かべた。 「……あぁ……えぇ……そこまで喜んで食べていただければ、作り主としては喜ばしい限りですが」 「ぶぶふむふっ!?(つくりぬしっ!?)」 すると、口にモノいっぱい詰め込んでたアルトリートがギョッと目を剥く。 「ぼんばばぶぶっ(あんたが作っ)……(ゴックン)たのかっ!?」 「……食べ物を口にしたまま喋らないように」 「……意外と食べ方汚いのねー……レンフォード家の人って……」 野外ランチだというのにナイフとフォークで小綺麗に食べている他二名は、そろって呆れ顔だ。 「し……しかたねぇだろ!? 俺だって、やりゃあチャラチャラした喰い方できんだよ! けど、こんな美味いメシそうそう食えるもんじゃ……ああっ! ちみっちょ! それ俺が取り皿に置いてた鶏!」 「ももぃもんもむももんっ!」 「ァアッ!? 『早い者勝ちだもん』だと!? だったら……こうだっ!」 「もぉっ!?」 ぁあっ! この男!! あたしの大事なニクニクモリモリを盗りやがったぁあああッ!! ごっくん。 「アルとえーとなんだったかさん! ひどい! そっちは腕が長いんだから、あたしの守備範囲外から取っていけばいいじゃない!」 「あほぅ! だったらなんで俺の皿からぶんどってったんだテメェ!」 「手の届く範囲にあったから!」 「ぬ……ぬかせこのガキ! むしろ必死に体伸ばして盗ってっただろうが!」 そんなこともあったかもしれない! 「って、ああっ! それもあたしのお肉ーッ!」 「肉ばっかり喰ってんじゃねぇ! たいたいなぁ! 食い物ってのはなァッ! 弱! 肉! 強! 食! なんだよ!」 ───くっ! 「じょ、じょーりゅーかいきゅーのくせに、なんて下街根性……!」 「う、うるせぇ! 下街関係ねぇ!」 叫びつつ、アルトルートはあたしの手の届かない範囲の料理をどっかりと皿に盛りやがった。 嗚呼! なんて羨ましくも卑怯な真似を! ───と思ったら、あたしの前にそれをデンと据えてくる。 「おら! それ喰ってろ! 俺の盗るんじゃねぇ!」 「やはぅはーぅ!」 「……落ち着いて食事できないのですか、あなた達は」 大喜びでフォークとフォークをとるあたしに、深い嘆息をついて片手のフォークをナイフと取り替えてくれるレメク。 上品にモムモムとサンドイッチを啄んでいたアディ姫が、そんなあたし達をしみじみと見て言った。 「……なんてゆーか、侯爵もだけど……アル君、意外と面倒見がいいのねぇ……」 「モ!?」 口に白パンを詰め込んだまま、アルトリートがギロッとアディ姫を睨む。 睨まれた方はケロッとしているが…… それにしても、この男。王族の血筋とは思えないガラの悪さだなぁ…… おかーさんが元王女様のはずなのに、どーゆーことだ? 「別に面倒見とかいうほどの内容じゃねェだろ。フツーだ、フツー。つーか何だ今の『アル君』ってのは」 「いいじゃん、別に。アルトリートって呼びにくいのよ。あたしの名前とカブるし」 「カブらねぇ。どうやっても『ア』しかカブらねぇ」 「あとは可愛らしさの追求ね。君、素材いいのに粗暴すぎて愛らしさに欠けるのよ」 「うるせぇ! つか、カワイイつーよりキモイなオイ! 男の名前にそんなもん要求すんな!」 「なによ〜、いいじゃないのよ〜。どうしてもアル君が嫌だって言うなら、今日から君はアルルンだからね!」 「なんでパワーアップしてんだよ!?」 ……仲良いなぁ、この二人。 肉とか肉とか肉とかをモリモリ食べながら、あたしは言い合う二人を眺めた。 かたや華麗な美少女 (とても変態)、かたや野性的な美青年 (ふつーにガラ悪い)。 ……見た目だけは抜群なのに、どーしてこう注意事項みたいな補足がついちゃうんだろうか。しかもいらん感じの補足が。 「……おじ様、王宮ってこーゆー人ばっかりですか?」 挽肉とトマトのスパゲティをほおばりながら、あたしはなんでも知ってるレメクに問いかけた。 レメクは白い布を取り出しながら、困ったように首を傾げる。 「王宮に限らず、複数の人がいれば、それぞれに個性があるのは当然でしょう」 ……そーかなー……? なんか王宮には特別変な人が集まってる気がするんだけど。 「ほら、ベル。じっとしてなさい。ちゃんとテーブルマナーも習ったというのに、こんなに口の周りを汚して……他の人に笑われてしまいますよ?」 「オラ見ろあれ! 面倒みてるっつーのは、アアいうのを言うんじゃねぇか?」 あたしの口の周りを拭いてるレメクに、アディ姫と言い合ってたアルトリートが「コレ!」と指さす。 「……人を指さすのはやめなさい。失礼ですよ」 あ。睨まれた。 「うっ!」 「教育が知れるわよー、アルルン。言動には気をつけたほうがいいわ」 「おまえが言うか!?」 ……アルトリートに激しく同意。 しれっとした顔で忠告するアディ姫は、確かに食事マナーは完璧だった。 座る姿も香りたつ華のように美しい。 しかし、彼女は変態だ。 あのでっかい胸の中には、色んなモノへの欲求が詰まってる。 主に知識とか知識とか知識とかへのムラムラが。 「それにしてもねー。侯爵がメリディス族の子を保護したって聞いた時は、あの侯爵が子供を泣かさずに世話できるのかしらって思ったけど、けっこう様になってるのねェ」 「……何気に失礼なコト言ってねぇか? オイ」 大きなパンの塊にかぶりつきながら、アルトリートは胡乱な目でアディ姫を睨んだ。 レメクは全然気にしてないよーな無表情だが、その実ちょっぴり落ち込んでいる。 「……そうですね。ベルは最初に出会った時から平手打ちを放ってくるぐらい普通でしたが、それ以外の子供達には『黒い神官だ』と泣き叫ばれましたからね……」 ……なんか変なトラウマが出来てる? 「おじさまっ。あれは時期が悪かったのですよ!? 皆が怖がってる時期だったから、そーなっちゃったっていうだけなのです!」 「あっはー! 『黒い神官』ってアレでしょ!? お伽話に出てくる死神でしょ! あっはー! そういや侯爵って全身黒ずくめだもん間違われるわァそれは!」 「おめぇ、フツーに人が気にしてそうなコトでそこまで笑うか? というか、俺はそれ以前に『出会った時から平手打ち』ってヤツのほうが気になるけどな」 問うようなアルトリートの目に、レメクの視線が逃げる逃げる。 「いえ……その、昔のことです」 昔と言うか。 「アレですよ。おじ様は乙女心をわかっていない、ということなのです!」 「ベル!」 「だからベチコーンとあたしがこの掌で一発かましてあげたのです!」 この掌! と右手を高々と上げてみせたあたしに、この掌、とジッと見る他二名。 レメクが横で「三発だったと思いますけど……」とぼやいていた。……無視! 「ちっこい掌だなぁ、オイ」 「あんまり強くなさそうね〜」 失敬な! 「ちゃんとおじ様のほっぺには赤い紅葉が出来たのですよ!?」 「えっ!? そこまで強く叩いたの!? この顔を!? 『この顔』をっ!?」 「なぜ二度も強調して言われるのです? そして私の顔を指さすのはやめていただきたい」 レメクの素晴らしいお顔を指さすアディ姫に、あたしは胸を張って大きく頷く。 「きょーいくてきしどーというやつです!」 「うっわー……度胸ねぇ。『この顔』叩くかぁ……」 いや、まぁ、確かにあの時は状況が状況だったからブッ叩いたけど、今やれって言われたら叩けないかもしれないなぁ……この『顔』は。 あたしはジッとレメクの顔を見つめ、握り拳を固めて宣言した。 「次からは顔じゃなくて体の中心を殴ることにするのです!」 「どこを殴る気ですか!?」 「よけい悪いだろソレ!?」 ナゼか男性陣からクレームが。 二人揃ってあたしから距離をとるのだが、その理由は不明である。 「殴るとイカン場所なのですか?」 「当たり前だーッ! そこに何があるともごっごごご……ごごっ!?」 血相を変えて叫ぶアルトリートの口をレメクが凄い勢いで塞いだ。 そして立ち上がりながら、アルトリートの体を片腕で拉致。 細長いアルトリートが軽々と浮き上がった。 「うわっ!? なっ! なんだよっ!?」 「『なんだ』ではありません。ご婦人の前で何を喋るつもりでしたか、あなたは。ちょとこっちに来なさい」 「つーか降ろせっ! オイ! ……あんた馬鹿力だなッ!」 あっさり持って行かれるアルトリートに、残されたあたし達は唖然と口を開いた。 「おじ様、力つよーい」 「……ねー、末姫ちゃん。侯爵って、あれ、紋章の力とか使ってないのよね?」 「無いと思うけど……」 心許なげに答えてから、あたしは首を傾げた。 「紋章って、使ってるとか使ってないとか、パッと見てわかるもんなの?」 その素朴な疑問に、アディ姫は「うーん」と考える顔になる。 「あたしが知りうる限りでは、やたらと強い力を使う時には、発動のための言葉を口にするはずなんだけど……末姫ちゃんは聞いたことない? そういうの」 あると言えば、あるのだが…… 「うーんとね、昔、おじ様がエットーレと対峙した時、断罪のヤツ使ったんだけど……あたし死にかけてたし、目瞑ってたし、耳塞いでたし……」 正直に告げたあたしに、アディ姫は目を瞠った。 「えー!? もったいない! なんで目瞑ってたりしたの!?」 と言われても困る。 例え死にかけていたとはいえ、こっちも目とか瞑る気はさらさら無かったのだ。 それなのに、あの時、レメクが『耳塞いで目瞑れ』って言ったら体が勝手に動いて…… あれはたぶん闇の紋章の力なんだろうけど、こっちの紋章は喋っちゃ駄目だから、下手に状況説明するわけにもいかないし…… ……と、ん? 待てよ……? 「あ、でも【声】は聞こえてたわ。なんか、えーと……誰それのなんとかにより、断罪せよとかなんとか」 「あ! それよそれ! やっぱり強い紋章術は発動の言葉がいるのね。断罪、ってことは、罪と罰を連動させたってことか……ふむふむ。複合紋章術の一つね。手順踏まなきゃ発動できないって考えるたほうがいいかしら」 どこからともなく取り出した小冊子にペンを走らせる彼女。 「お義母様の『光の紋章』も『炎の紋章』も、広範囲になると言葉が必要って言ってたし……でも、意志一つで発動できるやつもあるから、全部が全部ってわけじゃないし……とはいえ、怪力になる紋章なんて聞いたこと無いしなぁ……」 ……闇の紋章だと、怪力になるんだろーか? あたしはこっそりそれについて考えてみた。肉体を司るとかいう闇の紋章なら、それもありえるかもしれない。 レメクはというと、緑の垣根の向こうに行ってしまったらしく、ここからでは全く姿を見ることができなかった。 ……いったい、どこまで遠くに行っているのだろうか。匂いはかすかにするから、庭園から出てはいないようだが。 「にしても、もどかしいわねぇ。あたしもちょっとでいいから紋章術とか使えれば、こういうのガンガン研究できたのに」 「……え?」 アルトリートのくれた肉盛りを制覇していたあたしは、耳に拾った言葉にきょとんとなる。 「アディ姫って、紋章術使えないの?」 「使えないわよー。ちなみに紋様術も使えないわ〜。だってあたし、魔力すっからかんだもの〜」 「魔力?」 レメクの席にあった食べかけのパンをかっさらいながら、さらにきょとんとする。 「およよ? 聞いたことない? 紋章術も紋様術も、魔力が無いと使えないのよ。魔術を使うには、その本質を理解した正しい知識による術式の行使、その行使 によって人為的に自然現象もしくは超常現象を生み出す魔力、そしてそれを制御する精神力の三つが必要なのね。あたしはそのうちの一つ、魔力がサッパリなの よね〜。だから、他の人みたいに紋様術も使えないし、紋章はそもそも宿せないし〜」 「そうなの?」 おっと、デスが抜けちった。 まぁいいや。今更だ。 「そーなのよー。紋様術だったらね、紋様符とか紋様板とか紋様珠とかに魔力さえ込めれば、まぁそれなりに誰でも使えるの。知識のあるないで、しょぼいか強烈かが違ってくるけど。でもねー、なのにねー、あたしには使えないのよね〜」 しょんぼりと。 「紋章もね〜、あれって、結局体の中に強大な力を封じ込める術なのよ〜。で、封じるのには魔力が必要なのよね〜。ということは、魔力のないあたしには封じ込めれないから、紋章は宿らない、と」 「はゃ〜……」 「ん〜。末姫ちゃんは知識さえ身につければ使えるんじゃないかなぁ? 文献の通りなら、メリディス族は魔力強いはずだし、精神力もかなりのものらしいから」 「そうなの!?」 あたしは思わず飛び上がる。 ということは、もしかして───! 「複写紋様術も!?」 使えるのなら、レメクの写真を! レメクの写真を!! おっきい布に写して、カーテンとか! 壁紙とか! ああ天井にも貼りまくりたいっ! 目を輝かせて立ち上がるあたしに、アディ姫ははんなりとした苦笑。 「んふふ。そうきたかー。んとねぇ、複写紋様術使える人に複写の方法と複写紋様術符の作り方を教えてもらうのが一番いいかなぁ。術符は自分で作れなくて も、誰かに作ってもらうことも可能だから、そっちのが手っ取り早いかもかも? で、末姫ちゃん、確かアロック男爵の跡取りさんと仲いいでしょ? あの人、 なんちゃって紋様術師だから、頼んでみるといーよー」 ……なんちゃって紋様術師って、何だ……? あたしの胡乱な表情に気づいたのか、アディ姫は手をパタパタ振りつつ言う。 「んふ? あー、正式に紋様術師になるのって、国の試験で合格しないといけないのよね。でも勉強だけなら誰でもできるわけ。で、試験は突破してないけど紋 様術は使えるっていう、無資格の紋様術の使い手がけっこういるのよね〜。紋様術師は待遇いいから、たいていは国に雇用されるわけだけど」 ふーん…… そーいや、昔、レメクがバルバロッサ卿のことを、紋様術は使えるが術師じゃないとか言ってたな…… てことは、バルバロッサ卿もケニードと同じ『なんちゃって紋様術師』なわけか。 「ちなみに、試験ってどんなの?」 「確か筆記試験と実技試験だったかなぁ。実技の方が重要で、紋様術の術符が作れて、それをきちんと発動させないといけないのよね。ほら、火の紋様術があれ ば、野営の時に火を熾すのが楽だし、土の紋様術があれば、土木事業が楽でしょ? そういうので、重宝するらしいのよね〜」 ……土木作業…… 「……って、そういえば、街の街灯も光の紋様術だったっけ」 「そうそう。すごい初歩の術らしいんだけど、すっごく役立つのよね、あれ。王宮の照明とかもけっこう光の紋様珠が使われてるのよ。あ、紋様珠っていうの は、紋様の力の宿った珠ね。んでね、有事の際にしか役立たない軍隊を増やすより、平時でも役立つ紋様術師を沢山育てて、紋様術符を大量生産したほうがい いっていうのがお義母さまの持論なのよね〜。兵士や騎士を沢山抱えてても、戦争しなきゃ大半はただの無駄飯食いじゃない。まさか毎日鍛錬と称して薪割りさ せたり、下水処理させたりするわけにいかないし。どこか行く時の護衛とかだけなら、何万もいらないしね〜」 けれど紋様術師なら、日常の勤務時間に簡単な紋様術符を作らせることができる。 そして有事の際には、その能力で敵をやっつけることもできるのだそうだ。 「それで、今は騎士や兵士にも簡単な紋様術を教えてるのよね。そしたら暇な時にちまちま光の紋様珠とか作ってもらえるでしょ?」 アディ姫の説明に、あたしは呆れ半分に嘆息した。 ……どこまで人員を有効利用するつもりなんだろうか…… 「あればあるだけいいしねぇ。紋様術のおかげで、うちの国、他の国よりすっごい経費が削減できてるし」 「はぁ……」 あたしは思わず気のない相槌をうってしまった。そして鼻をヒクヒク動かす。 それにしても下街で暮らしているときには知らなかったが、うちの国の王宮って、なんか微妙に貧乏くさいというか、ケチくさいというか…… 王宮って、もっと金貨ジャラジャラー宝石モリモリーって感じに贅沢してるもんだと思ってたんだけどな。 「ま、そうしないとどーにもならないぐらい、昔の国庫は火の車だったから、しょうがないんだろーけど」 …………ん? 「火の車……?」 「ん? あぁ、フツー知らないか〜コレ。あのねぇ、お義母様が王位に就いた時にはね〜、国庫スッカラカンになってたんだって。前の王様が使い果たしちゃってたから」 ……なぬっ!? 「普通なら兵士に給料も払えないよーな状況なわけよ。うちの国って、領地持ちは税を払わないといけないから、その支払日が来れば最低限の金貨は貯まるらし いんだけど、それだってすぐ使っちゃうわけじゃない? お給料とか、そういうので。だから、新しい事業をしたくてもなかなか出来なくて、もー大変だったら しいわ。松明やら蝋燭やらの消耗品を全部紋様術に変えて経費削減したって、たかがしれてるでしょ? 昔の王族のドレスやら宝石やらガンガン売っても、焼け 石に水。当時の宰相が裏でこっそりお金を回してくれてたからなんとかなったらしいけどね……まぁ、そんな理由で、クラウドール家はいっそう色々な特権を与 えられるに至ったわけだけど」 「?」 「ん? あれ? 知らない? 当時の宰相閣下がクラウドール公爵だったって話。末姫ちゃんの旦那さんの、義理のお父さん。ステファン老」 ……おー…… そういや、どっかでそんな話をチラッと聞いたよーな? 「今の王家は潤ってるけどね〜。散財する人がいないうえに、現クラウドール侯爵がむちゃくちゃ実入りの良い領地を王家に渡してくれたから」 ……えーと? あたしは一抱えもあるパンを二つほど抱えて首を傾げる。 正直に言おう。 「よくわかんないですヨ?」 国のムズカシー話は苦手なのです。 「およよ? 駄目よ〜、ちっちゃいからって、こーゆーコトちゃんと知らないままなのは。財布の中に入ってくるお金と出て行くお金はちゃんと把握しとかなきゃ駄目でしょ?」 「それはもちろん!」 ビタ一銅貨たりとも紛失は許しませんとも! 「じゃー、知らなきゃね」 ……ううっ。 パンをモリモリ食べながら首をすくめるあたし。 パンは三秒で胃袋に消えました。 「前クラウドール公爵……面倒くさいから、ステファン老って言うわね? その人が持っていた土地っていうのが、王都の北、大きな山脈の向こうにある広大な 領地だったの。大陸行路の要であり、陸の交易の街として有名なワルプシェールがあり、行路ぞいにも大きな街がいくつもあって、関税がガッポリ入る王国一の 領地なわけよ。それが、シェーグレン領。王都のあるシュトックフェルム領よりも大きいのよ〜」 「へ……へ〜」 「でね、現クラウドール侯爵が、ステファン老の跡取りとしてクラウドール家を継いだとき、それを嫉んだ貴族達がブーブー文句言ったのよ。ほら、侯爵って養 子だったわけだから。でね、当時の王宮はその話で大騒ぎだったんだけど、文句言われた侯爵ってば、あっさり爵位も領地もお義母様に渡して王都の屋敷に籠 もっちゃったわけね。そのおかげでお義母様ってば一気にお金持ちになったけど、かわりにむちゃくちゃ有能な腹心がいなくなっちゃったもんだから、大慌てし たみたい。王宮の方でも、仕事できる人がいきなりいなくなっちゃったわけだから大わらわで、文句言いに行った貴族もすーっごく困ったみたいよ。ま〜、自業 自得なわけだけど〜」 「はゃや……」 「で、侯爵はクラウドールの名前と、王都にある家屋敷と、ステファン老が持ってた特権と、頼むから持ってくれって言われて自分から指名した実入りのショボ イ領地を所持するに至ったわけ。その領地があんまりにも前のと比べてショボイから、特権を引き継ぐことに対してはそう文句でなかったみたいね。それより も、引きこもられるほうが困ったようよ」 「……えーと、おじ様って、すごい人なのですね」 他云々はともかく、それだけはわかったのです! ウンウンと納得して頷くあたしに、アディ姫は悪戯っぽい目で頷く。 「まぁ、仕事の面だけに関してなら、ちょっと異常なぐらい出来る人だったからね〜」 ……なんか、他はちょっとアレレ? な感じっぽい言い方だな…… まぁ、あの乙女心のワカラン具合は、確かにアレレな感じだが。 それにしても、特権って何だろうか? 「あ〜、ほら、元々、代々クラウドール家って王族の血筋でしょ? ステファン老もそうだしね〜」 あたしの疑問に、アディ姫はスラスラ答えてくれる。 「だから、王族並みの待遇が約束されてたわけ。でも、君の旦那さんは、あたし達がそうであるようにただの『養子』でしょ? だから、そういう待遇はおかしいんじゃないか、って言う人も多いのよ。あたし達の場合、姫って言ってもたいして力がないから放置されてるけどね〜」 あたしは正直に頭を抱えた。 「む……難しいのです……」 「そーなのよー。王宮って難しい場所なのよー」 ……いや、あたしが言う『難しい』は、そういう意味とはまた別なのだが…… まぁいいや。 「他にも交易権や、港の一部占有権も持ってるし、商業権も持ってるでしょ? たいていの商売ができちゃうのよね〜。だから領地がショボくなったのに、むちゃくちゃ儲けてるわけだ」 ほぅほぅ。 「じゃあ、前の領地手放して、よかったってこと?」 「面倒事が消えたってゆーなら、まぁそーなんだろうけどね〜。領地ってさぁ、遊んでてもお金入ってくるわけじゃない? でも、商売だといろいろ手間かかる でしょ? だからねぇ、どっちが得だったかって言ったら、そりゃあ領地が良いほうがずっと得なわけよ。副産物もいっぱいあるしね〜」 「な……なるほど」 大人の世界は、いろいろ複雑そうである。 あたしは生け垣の方をチラチラ見つつ、がんばって真面目な表情を作ってみせた。 「侯爵の場合、貿易もやってるし、上級紋章術師でもあるし、貴族の中でもかなり裕福な方だけどね。それでもやっぱりシェーグレン領は惜しいわよ。普通、ドロドロの陰謀を張り巡らせてでも手に入れようとする土地なわけよ? シェーグレンって。なんで手放しちゃうかな〜」 よほどその土地は魅力的であるらしい。 が─── 「そういう土地を持っていれば、色々と面倒ですからね。必要でないのなら、手放したほうが楽です」 「あやっ、侯爵!?」 アルトリートを半ば引きずりながら帰ってきたレメクには、たいして惜しいモノではないよーだ。 「あややや〜。侯爵ってば、どのあたりから聞いてたの?」 慌てて居住まいを正すアディ姫に、レメクは静かな表情で答える。 「『昔の国庫は火の車』あたりからですね」 ……わりと最初の方だな…… 匂いがけっこう近くからしてたことといい、どうやら垣根の向こうで男二人ボソボソやっていたらしい。声は聞こえなかったのだが、なんか紋章とか使ってたのかな? ──にしても、アルトリートが妙にふて腐れた顔をしているのだが、どーゆーことだろうか? 「なになに〜? 男二人で盗み聞きしてたの〜?」 レメクに手を引っ張られてぶすくれているアルトリートに、アディ姫がニヤニヤッと笑う。 途端、アルトリートが狼狽えた。 「べ、別に盗み聞きってわけじゃねぇよ。つか、てめぇがベラベラ喋ってたんだろうが!」 「そうよ〜? だから気にせずちゃっちゃと帰ってきて会話に加わればよかったのに〜」 「べ……別にいいだろ!? どういうタイミングで顔出しゃいいんだよ、あの話題で……」 「別に普通に顔を出せばいいと思いますが」 「あんたも立ち止まってただろーが!」 しれっとした顔で言うレメクに、アルトリートの目がつり上がる。 どっちが立ち聞きの首謀者か知らないが、どっちにしても二人そろって垣根の向こうで突っ立っていたことには間違いないだろう。 しかし、なんでまた立ち聞きなんかしてたんだろうかな、この二人は。 「侯爵達の話し合いはもう終わったの?」 「……ええ」 元の位置に座りながらレメクが頷く。 ようやく手を離されたアルトリートが、またふて腐れた顔になってそっぽ向いた。 「それにしても……ベル……ずいぶん食べたみたいですね」 ……ぎくっ…… じーっと見つめてくるレメクの視線に、あたしは体を強ばらせた。 「食べかけていたパンが、どこにも無いようですが?」 「……お、美味しかったのですヨ」 「って、ァア!? つーかもうほとんど残ってねェじゃねーか!」 遅ればせながらアルトリートもその事実に気づいたらしい。マットの上に広がる残骸達に、彼は愕然と声をあげた。 「ちみっちょ! てめぇ、少しは残しておこうって気は無かったのかよ!?」 「お、美味しかったのです!」 「ンなこたァわかってる!」 どこか悲鳴じみたアルトリートの声に、さすがのあたしも良心がチクチクと…… や、やっぱり悪かったかな…… 「……まぁ、ベルは食べ物に必死にならざるをえなかった時期が長かったですからね。こういうのは、なかなか直らないものです」 どこか諦めた顔で、レメクが食後の紅茶を準備しはじめる。 あたしはしょんぼりとアルトリートを見上げた。 「ごめんなさい……」 「……くそ。怒れねぇだろ……」 アルトリートはそっぽ向いてぼやいた。 ガラは悪いが、彼はなかなかイイヤツだった。 「アルルン、あれだけイッパイ食べてたのに、まだ足りないの?」 「足りねぇ。つかその呼び名ヤメロ。だいたいなぁ、食べられるだけ食べとかなきゃ、やってらんねぇだろ。つか、ちみっちょよりずっと少ねぇぞ?」 「ま〜末姫ちゃんの胃袋はちょっと尋常じゃない感じだもんねぇ……」 言って、アディ姫はチラッとあたしの腹を見る。 あたしは自分のお腹を見ながら、片手でスポンと鳴らしてみせた。 「私はそれ以前に、自分の体積以上のものが、いったいどこに消えているのかといつも不思議に思いますが」 砂時計で紅茶の蒸らし時間を計りながら、レメクまでがそんなことを言う。 「まぁ、食べてしまったものは仕方ありません。夜になればまた夜会が始まりますから、そちらで食べるしかないでしょうね」 アディ姫が頷き、あたしは顔を引きつらせた。 「夜会は苦手なのです……」 「ですが、三日も出ずにいましたからね。今日は出たほうがいいでしょう」 「おじ様は? お義父さまに外出禁止をくらってたけど」 いやまぁ、ここにいる時点で、全然外出禁止になってないわけだが。 「出ますよ。条件付きで許可をもらいましたから」 「条件付き?」 あたしの問いに、レメクは頷く。 「日中はこの庭でのんびりしていること。仕事はしないこと。夜会の間は陛下か義父の近くで大人しくしていること。この三つを守らないといけません」 「ふーん……?」 「あなたも傍にいたほうがいいでしょうね。一人でいたらもみくちゃにされますよ」 「も、もちろんなのです!」 ヒシッと背中に抱きついたあたしにレメクは苦笑する。 そうして、アルトリートを振り返った。 「あなたも一緒にいなさい。面倒な人が何人か寄ってくるかもしれませんが、それ以外の多数の人は無視できますよ」 その言葉に、アルトリートは目に見えて狼狽えた。 「……お、おれは……行く気ねぇし」 ? 行く気がない? あたしは首を傾げる。 「でも、アウグスタが兵士さんに命令してたわよ? えーと、確か、舞踏会には出席させるって。出席しなかったら不法侵入でしょっぴかれるみたい」 「は!?」 アルトリートの顔が一瞬で青ざめた。 ……おや? 「お、俺が……? なんで!?」 「なんで、って……まだ挨拶に行ってないからじゃない? アウグスタがそう言ってたもん。王宮に来たのに、王様に挨拶しなのは駄目だと思うわ。クリ……えーと、クリなんとかさんと一緒に挨拶行ったほうがいいんじゃないの?」 「いや、俺は関係ねぇだろ? 俺はただ、付き添いで来ただけで……!」 そんな言葉が通用するかなぁ……? さらに首を傾げたあたしは、なんでも知ってるレメクを見る。 レメクは静かな表情でアルトリートを見つめていた。 「陛下が命令された以上、どうあがいてもあなたは挨拶に行かなくてはいけませんよ。そもそも、あなた方がおいでになった理由を考えても、挨拶なしに終われるはずがないでしょう」 全くである。 「観念して一緒にいなさい。それと、ここから出る時は必ずベルを伴うように」 「ほぇ?」 いきなり言われて、あたしはきょとんとレメクを見上げた。 レメクはジッとアルトリートを見ながら言う。 「この庭は、王族以外に立ち入りを禁止している場所です。今のあなたの身分では、足を踏み入れることも許されません。正式に王族と認められている者以外 で、ここに出入りができるのは陛下から許可を得た者だけです。見つかれば、咎を受けることになるでしょう。場合によっては投獄もありえます」 アルトリートはますます青くなり、ややあって「へっ」と乾いた笑いを零した。 「いいじゃねぇか。面倒な夜会に出るくらいなら、むしろ喜んで牢屋に入ってやらぁ!」 「駄目です。──ベル」 「あいっ!」 名を呼ばれて、あたしは高々と手を挙げる。 「この庭から出て以降は、彼の傍から離れないように。王宮ではあなたのほうが先輩ですから、守ってあげなさい」 「おっけーです!」 「ま、待て!」 何故か慌てるアルトリート。 「ンな必要ねぇ! 守ってもらう理由も……ねぇだろ!」 「あります」 言って、レメクは真っ直ぐに彼を見つめた。 「あなたはよい子です」 アルトリートの目が点になった。 「私はあなたをほとんど知りません。けれど、あなたがよい子であることは間違いないでしょう。私はあなたでよかったと思っています」 意味不明だ。 アルトリートがあんぐりと口を開け、なにやらぱくぱくと開閉している。 声が出ないのは──まぁ……度肝を抜かれたせいだろう。 ……さもありなん。 「王宮は、あなたのような子にとっては、あまり居心地の良い場所では無いでしょう。わずかな間の縁になるかもしれませんが、せめてその間ぐらいは守りましょう」 棒立ちになっているアルトリートと、唖然とした顔で男二人を見比べているアディ姫。 どーでもいいが、レメクにとってアルトリートって、子扱いなんだな…… あたしはレメクの背から飛び降りると、アルトリートに向かって飛びかかった。 「とーぅ」 「うっうわっ! ちみっちょ! こら! おまえなっ! 一応は王女様だろうがっ!」 腰のあたりに張り付いたあたしに、彼はどこかレメクと似た踊りをエッチラオッチラ。 「抱っこしてくれればよいのですよ。あたしは決めたのです!」 「何をだよ!?」 「おじ様が守れと言ったからには、アルなんとかさんはあたしが守るのです!」 「名前ぐらい覚えろよ!! つか、守るつっても、おまえだってイロイロ怪しいだろうが! 言動とか!」 アルトリートの声に、レメクが深々と頷きやがる。 ふっ……甘いな! 「アルとえーとなんとかさんは知らないのですね! あたしは日々進化しているのです! そしてやるときゃやる女なのですよ!」 「じゃー、ちょっとやってみろ」 思いきり信じて無さそうな顔で言うアルトリートに、あたしは目をキラリと光らせる。 ばかめっ! 今日フェリ姫から学んだ素晴らしい動作を見るがいいっ! あたしは素早く彼の腰から飛び降りると、紅茶の用意に戻ったレメクに近寄る。 お茶を淹れる前にカップを温めていたらしいレメクは、カップを手にあたしを見下ろした。 えーと、たしかこうやって、おっとりと首を傾げて…… 「ベル。どうかしまし……」 「『あら? どなただったかしら?』」 バリン。 レメクの手の中で、可憐なカップが砕け散った。 |
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