陰謀の章<虚飾の玉座編> プロローグ
 春。
 冬の恵みの雨を受けて、咲き乱れるのは様々な花。
 野にはパンジー、クローカス。鮮やかな赤は芥子(パパルーネス)。枝に花を灯すのはアミグダリア(アーモンド)。
 花壇で誇らしげに揺れるチューリップ。西区で咲くのはナルキッソスとヒュアキントス。
 3月から春となるナスティアでは、四月は花の真っ盛り。五月に花祭りを控えながらも、街のあちこちに花は咲く。
 特にアミグダリアは圧巻だ。王都の街壁の向こう側、巨大水路を挟んだ通りには、距離を置いてアミグダリアが並んでいる。
 幹は低い場所から枝をボワンと横広げ、春にはそこに白っぽい花をいっぱいつける。密集して植えていないのはそのためで、水路から距離をとってるのは、収穫期の作業のためだった。この木は秋に収穫されて、実の中の種を食べるのである。
 近隣の土地を含め、王都にはそういった食用の木が多く植えられていた。
 あたしが知っているだけでも、えーと、レモンでしょ、オレンジでしょ、ザクロでしょ、あとは……なんだっけな、あの果物……忘れたけど、まぁ、いろいろだ。
 ちなみに街のあちこちに設置された花壇にも、食べられるものが多く植わっている。
 ええ。もちろんちょろまかして食べましたとも。花だって食べちゃいますよ。飢えてましたから!
 昔の王様の時代には、そういった木や花はほとんど無くて、石畳ばっかりが通りを埋めていたらしい。
 アウグスタが王様になって、街には緑がすごく増えた。
 馬車や荷車は通りにくくなったらしいけど、あたし達からすれば食べ物が植わってるほうが有り難い。
 前王の時代には餓死者が毎年いっぱい出てたそうだから、まぁ、そういうことなんだろう。
 アウグスタ……がんばってたんだな……。レメクから教えられるまで、全然知らなかったけど。
 そんなアウグスタが住む王宮、その最奥の一つ。
 俗に後宮と呼ばれる場所に、今、あたしは居る。
 堅固な城壁の中にある城は、頑丈さを重視した城壁と違い、実に優雅なものだった。
 もちろんその一部である後宮も例に漏れず、その美しさに目が潰れちゃいそうである。
 だいたいにして、あてがわれたこの部屋からして尋常ではない。
 通称『青の間』と呼ばれているらしいこの部屋は、名の通り『高貴なる青』と呼ばれる色で統一されている。
 柱や暖炉、配置された様々な家具は白に金。縁取りや装飾はどちらかと言えば控えめで、それが一層この部屋の上品さを引き立てる。
 昔の王太子サマとかが使っていた部屋なのだそうだ。前の第二王妃サマや、そのお子様も使っていたことがあるそーだ。
 ……頼むから、そんな由緒正しい(ついでに、なんか曰くもありそーな)部屋をあてがわないで欲しいものである。一応これでも、繊細でか弱い乙女なのだから。
 ……なんですか、レメク。なにか物言いたげな目でこっち見て。
 ゴホン。それはともかく。
 そんなウツクシイ部屋の中は、春らしく色とりどりのチューリップで飾られていた。
 白が多いが、一言に白といっても様々だ。縁の部分が赤紫色だったり、花弁にピンクの筋が走ってたり……なんか、見たこともない形がいっぱいある。
 チューリップって、こんなに色んな形があったんだな……
 目から鱗が落ちるってもんです。
 ちなみに、あたしの部屋がチューリップ畑になってるのは、某王太子さんが謝罪とお見舞いをかねて贈ってくれたせいだった。
 そういや、なんかそれっぽいこと言ってたな、と思いつつも、この量には度肝を抜かれた。
 部屋にあった花瓶では数が足りず、最後はバケツまで借り出される始末。王宮中の花瓶を集めたかのような陳列物に、さすがのレメクも唖然としたぐらいである。
 まぁ、あたしは球根が一つ残らず切り落とされてるのを知って、絶望したが。
 ……食べたかったのにな……
「……王都中の花屋からチューリップが消えたかもしれませんね……」
 あまりの量に、応接室や居間だけでは収まりきれず、花は寝室にまで持ち込まれている。
 持ち込まれたのは朝が明けてしばらく経ってから。
 朝の早いあたしやレメクは起きていたが、そういうのはやっぱり王宮では異常であるらしく、持ってきた部屋付き侍女の皆様は驚いていらっしゃいました。
 ……いや、もしかしたら、あたしの髪を編んでたレメクに驚いたのかもしれないが。
 ちなみに、レメクは本日丸一日、ベッド上安静を命令されている。
 二ヶ月ほど前のあたしのようだが、やーい、とは言えない心境だ。
 なぜなら、お勉強のあるあたしは、お昼以降はレメクと離れてお義姉さまの特訓を受けないといけないのである。
 つまり、レメクと離ればなれ。
 ……一緒にいたかったなぁ。
「一応、これが謝罪ってやつなのかな?」
 ツンツンと花弁をつつくあたしに、レメクは呆然とした顔のまま。
「……まぁ、そうでしょうね」
 淡い色の夜着姿のままで、深い深いため息をついた。
 呆れかえっているのだろう。
 ベッドの横では、いやに冷ややかな目をしたポテトさんが立っている。
 ナゼかあたし達が目覚めてからずっと、傍についてくれているのだが……そのツメタイ目は、何かな……?
 視線を注がれている白いチューリップが、心持ちシオシオと萎れてゆく。
 お義父さまはフンと鼻をならした。
 …………おや?
「いささか常識を逸している気がしますがね」
 なんと言うか、このヒトに言われたら、おしまいだろう。
 しかし、えぇと……もしかして?
「……お義父さま、コレ、嫌い?」
 あたしはおずおずと綺麗なフリフリのチューリップを指さす。
 花よりも格段にウツクシイお義父さまは、白けた目で花を見つめて、一言。
「……別に」
 ……う。なんか、すごく嫌そう。目が嫌そう。
 あたしは答えを求めてレメクを見る。レメクが非常に言いにくそうな顔をした。
「……お義父さん、まだ、嫌いなんですか……」
「花は嫌いではありませんよ。別に」
「……そちらを言っているのではありません」
 ため息。
 ポテトさんは非常に冷たい顔で花々を見渡し、またフンと鼻で笑った。
「あのおぞましさは、私の好むところですが……不快です。ただ、それだけですよ」
 ……えーと……?
 首を傾げるあたしに、ポテトさんはフワリと微笑む。
「まぁ、花に罪はありませんからね。枯れるまで目を楽しませると良いでしょう。……ところでレンさん。くれぐれも……」
「……わかってます。大人しくしていますよ」
「それが本当ならいいのですが。あなたは実のところ、目を離すと危険な子供でしたから」
 ほうほう。なにやら意外なお言葉です。
 目をキラリと光らせたあたしに、なぜかレメクが焦る焦る。
「それよりも、お義父さん。陛下の所に行かなくてもいいのですか? 朝からずっと、こちらに来てますが」
 レメクはそれを、話題を変えるきっかけにしたかったのだろう。それか、ポテトさんを追い出す手段か。
 しかし、この時は失敗した。
 なぜなら、その言葉を受けたポテトさんは、にっこりと、それはそれは恐ろしくも美しい笑みを浮かべてこう言ったのだ。
「ご主人様の所には、バルディアの夫妻が来ているのですよ。……えぇ。私に同席しろとおっしゃいますか?」

 ……あたしは未だかつて、あんな恐ろしいポテトさんを見たことは無かったのであります。

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