10 女王様の娘

 広場の全ての視線が彼女達にそそがれていた。
 絢爛な王宮の舞踏会にあって、なお輝く黄金の髪。
 その髪に縁取られた貌は気高く美しく、青みがかった紫紺の瞳は強い意志に煌めいている。
 白く滑らかな額を飾るのは、透明な宝石を連ねたサークレット。何連にもなる煌めきは、ほとんど結わずに流している髪へと続き、その黄金をさらに輝かせていた。
 身に纏うドレスは深みを帯びた銀の色。
 バッスルは大きく、けれど大きすぎず形良く整っている。
 豊かな胸元から細い腰へのライン、そしてそこから足下へと滝のごとく流れる布の滑らかさ。皺の一つ一つまで計算して作られたであろうそのドレスは、ある意味一つの芸術だった。
 思わず拝んでしまったほどである。
 もちろん、会場中の男性陣は当然のこと、女性の中にも陶然と見惚れる人が多数いる。それも当然だとあたしは思った。当然じゃないのは、あたしを抱えてるこの人ぐらいなもんである。
 そう。レメクは男性陣の中には含まれないのです。いろんな意味で。
 そしてアウグスタの隣にいる黒いヒトは、神様が間違えて紛れ込んじゃったんじゃなかろうか、と思うような凄まじさだった。
 あまりにも桁外れな美貌は、それだけで一つの脅威なのだろう。
 広場のあっちでバターンゴンッ、近くのこっちでバターンッドドドッ。老若男女問わず人々が倒れていく。
 会場の人口は、瞬く間に半分ほどになりました。
 ……まるで悪辣な魔法のようだ。
 とりあえず丁寧に拝んでおこう。
「……なにをやっているんですか、あなたは」
 先を行く閣下に続きながら、レメクが腕の中のあたしに言う。
 その呆れた顔は何かしら?
 あたしは遠くに見える麗しい一組とレメクを見比べてから、キラッと目を輝かせた。
「アウグスタとポテトさんを拝んでたの」
 それが何か?
「…………」
 レメクはアウグスタ達とあたしを幾度か見比べる。
 アウグスタ達がいる一角では、根性のある人々が美しすぎる一組に果敢に声をかけていた。
 輝く笑顔で応対するアウグスタは、まさに女帝と呼ぶに相応しい王様っぷり。
 そして隣の顔面凶器さんは、凄絶なほどに美しい笑み。
 ……皆様できるだけそちらへは視線を向けないようにしている模様です。そうだろう、そうだろうとも。
 見たが最後、時が止まるか心が止まってしまうのです。
 嗚呼、また一人犠牲者が。
(ポテトさん……罪なヒト……)
 あたしはそっと目頭を押さえる。
 さっきみたいに黒いフード付きのマントをすっぽり被っちゃえば、被害は少なくてすむのになぁ……
 そんなことを思っていると、レメクがなにやらしみじみと嘆息をつきました。
 もしかしてずっと見比べていたのだろうか。気が付けば歩みも止まってる。
「……拝むようなものですか?」
 ……ずっと、ずーっと考えていたのだろうか……?
 あたしは胡乱な目でレメクを見上げた。
 レメクはどこかきょとんとしている。
 あたしは思った。この人には審美眼が無いのかもしれない、と。
 あの超絶麗しい一組を見ても、他の人のように陶然とすることも、ひれ伏すことも、ましてや失神することもなく無表情だなんて……
 あたしは呆れと哀れみを混ぜた眼差しでレメクを見つめる。
 ちょっと人として、何か間違ってる気がいたしますヨ?
 途端にレメクからジトーッと見つめられた。
 訳【あなたに言われたくありません。】
 どういう意味だ!?
「すごいですね。眼差しで全部伝わるんですか」
 ムキーッ!
 ギンギンと睨みつけるあたしに、レメクは一度だけ微苦笑を浮かべ、もう一度未だ遠くの美しい二人に視線を馳せた。
 二人は次第に集まりつつある人々の垣根の中にいる。アウグスタの晴れやかな笑顔がたまらなく素晴らしい。
 しかし、その手がこっそりとポテトさんの腕をつねくっているように見えるのは、あたしの目の錯覚だろうか?
(ははははは……まさかね?)
 いくらなんでも、こんな晴れがましい場所でそんなことを……しそうだなぁ……アウグスタなら……
 そしてヴェルナー閣下は未だ二人の元に到達できていないようです。
 倒れだした人々の救出指示に忙しすぎて。
(……閣下……)
 あたしはこっそりと閣下に祈りを捧げた。
 とりあえず、元気なうちにあの二人にたどり着きますように、と。
 お祈りポーズのあたしに、レメクがどこか苦笑めいた声を落とす。
「……あなたはよく、拝んだり祈ったりしますね」
 駄目ですか?
「いえ、いいことだと思いますよ。……時々、その理由が理解できないこともありますが」
 なんか、時々というより「しばしば」と言いたげな口調だった。
「理由っていうか……綺麗なものとか、凄いものとか見たときに、うわぁーって感動するでしょう? そういうときにね、なんだか拝みたくなるの。見せてくれてありがとうございます、みたいな感じで」
 あたしの声に、レメクはちょっと目を瞠らせた。
 経験無いだろうか?
 例えば朝の最初の光を見た瞬間、
 例えば夜に瞬く星々を見た瞬間、
 例えば空にかかる虹を見た瞬間、
 世の中はきっと見たくないものや、見るのが辛く苦しいもので満ちているけれど、
 それだけでは無いと思える瞬間が、いくつもいくつも転がっている。
 ただ一条の光に、
 瞬きに、
 煌めきに、
 心が震えるその瞬間のように、
 それらは強くあたしの胸を打ち、熱と鼓動を与えてくれる。
 それらを目にした時に、どうしようもない気持ちで思うのだ。

 時よ止まれ、と。
 世界よ。今、おまえこそが美しい、と。

 決して留まることのない時の中で、過ぎ去っていくもの達のその中で、
 今その時にある『そのもの』こそが真に美しいと思うから。
 その尊く貴重で愛おしいものを留めたくて、どうしようもない強さで祈るのだ。
 時よ止まれ、と。
 拝んだり祈ったりしてしまうのは、きっとそれを見れたことへの感謝が強いから。
 見せてくれてありがとう。
 『在って』くれてありがとう。
 いくつもの偶然の中で、奇跡のように在るそれらと出会えることは、とても貴重なことだと思うから。
 世界は見苦しいもので満ちているけれど、
 ……それでも世界は、美しいものでも満ちているのだ。
 例えばめったに微笑まない人が、穏やかな笑みを零してくれた時のように。
 真っ直ぐに見つめたその人は、今はどこか優しい目であたしを見返してくれていますが。
「……そういう、ことですか」
 そういうことです。
「……それでも、あの二人を拝む意味は少しわかりませんが」
 ……やっぱり審美眼に問題が。
 胡乱な目になったあたしに、レメクは苦笑する。
「私の場合、それ以前の『慣れ』だと思いますよ。生まれて一番最初に見たのが、誰あろう、あの義父でしたから」
(うわ)
 悲惨だ。
(人生終わってる)
 あたしはその瞬間、レメクに多大な同情を寄せてしまった。
 最初に見たモノがまずポテトさんだなんて。もはやその時点で一生が決定しちゃったようなもんじゃなかろうか。
 なにせ後で見るもの全部へちゃむくれだ。一同以下同一みたいな感じで。
 ……あたしも含めてね……
「……いえ、あの……その評価はどうなんです? それに哀れまれても困るのですが。……そして何故あなたは一人静かに落ち込んでいるんですか」
 しゅーん、と一瞬で心の全てが折れたあたしに、レメクがちょっと困り顔でぼやく。
 あたしはシュンとした半泣き顔をレメクへと向けた。
『でもおじ様、一番最初にこの世で最も美しいモノを見ちゃったりしたら、後全部幻滅じゃないですか?』
「心で問わずに口に出して問いなさい。……いえ、今はいいです。内容が内容ですし」
 口で言えと言ったり、今はいいと言ったり、忙しい人だ。
「別に、そのあたりのことは何とも思いませんでしたよ。ただ……そうですね、あなたに会うまで、モノの価値観の一つに美醜があることを失念していた、と言うべきでしょうか。美しいがそれが何か? という程度のもので……だから、ある意味『感性がおかしい』と言われても仕方がないのでしょうね」
 ……どういう意味だろうか。
 あたしは全泣きでレメクを見上げた。
 それは、今まで生きてきた中で見たこともないぐらい、あたしが醜かったということですね?
「いえ、違うんですが……違いますよ? 聞いてますか? ベル」
 聞きたくないです。
 ぐずぐず鼻を鳴らしながら俯いたあたしに、レメクが弱った声をあげる。ぐずる子供をあやすかのように、背中をぽんぽんと優しく叩かれた。
 ……あやされても、心の傷は癒えないのです。
「逆ですよ、ベル。それに、美しいというモノの形がわからなかったわけでもないんです。綺麗だと思う形はよく知っています。……ただ、気持ちを揺さぶるというような……そういう、美しさに対する感動とかはまるでありませんでした。そういう意味で、外観の美しさを、本当の意味で『美しい』と思ったことが無かったんですよ」
 けれど、今は違うという。
 本当に美しいと思うことがあるのだという。
 それは本当に醜いものを見たせいですね?
「だから、そこが逆だと言っているんです」
 レメクがほとほと困った声で呟く。
「醜いものなど、腐るほど見てきましたよ。あなたを醜いと思ったことはありません」
 ぐすぐす。ぴぷぴぷ。
「……二月十三日……いえ、あれは二月十四日ですね。……覚えていますか、ベル。あなたが決して罪を犯さなかった日のことを。私を『こちら側』へと引き寄せてくれた日のことを」
 二月十四日?
 あたしは目をぱちくりとさせた。
 覚えている。忘れるはずがない。
 それはエットーレと対峙した日のことだ。
 振り上げた刃を下ろせなかった時のことだ。
 夜の闇の中で、唯独りで立ちつくす……この人と一緒にいようと誓った時のことだ。
 レメクが小さく呟くように言う。
「……あの時」
 あの時。
 そう、あの時、あたしは初めて本気で怒ったレメクを見た。
 激しい怒りを
 狂おしい憎しみを
 純粋な狂気にも似た殺意をこの目で見た。
 あの時、レメクのほうは何を見たのだろうか?
「初めて私は……」
 私は?
 あたしは言葉をちゃんと聞こうと耳を澄ます。
 けれど、レメクはそれっきりぱくんと口を閉ざしてしまった。
 そしてものすごく冷たい目で、あたしではなくその後ろのほうを見る。
 ……おや?
 何だろうとそちらを向くと、なぜか目を煌めかせた女王陛下とポテトさんが、中腰かつ握り拳という格好でそこにいた。
 何故!?
「なにをやっていますか、お二方」
 レメクがこの上なく冷たい声。
「んん〜。挨拶なしでまずソレかぁ?」
 にゅにゅっ、とオオカミの微笑をした女王陛下は、さきほどの神懸かった美しさはどこへやら。いつもの悪戯魔女となってふんぞりかえった。
 大きな荷物がバインと揺れる。でかい巨物は健在だ。
「いいシーンだから参考にと大急ぎでお傍まで駆けつけたんですよ。……お久しぶりです、と言うべきですかね。お二人とも、ご壮健で何よりです」
 背筋を伸ばしたポテトさんは、またもや周囲のご婦人方(男性もいるぞ?)をバタバタと笑顔でなぎ倒す。アウグスタの目が恐い恐い。
 にしても、この二人。
 まだまだ入り口近くにいたはずなのに、今はこんなに至近距離。
 もしかして門の紋章を使っちゃったりしたんだろうか?
 二人がいたはずの地点には、未だにぽっかりとクレーターのごとき人垣と空白ができている。
 そして二人の元へ行こうと先を進んでいたヴェルナー閣下が、置いてきぼりをくらった子供みたいな顔でこっちに戻って来てた。
 ……可哀想だ。
「んっふっふ。十年以上も夜会を離れていた上に、主に挨拶するより先に妻を口説くほうが先とは……なかなか立派になったもんじゃないか、レメク」
「ご無礼はお詫びいたします、陛下。ただし、訂正を。妻ではありませんし口説いてもおりません」
「自覚が無いっていうのは恐ろしものだなぁ……」
 いやはや困ったものだと言わんばかりに大仰に首を振って、アウグスタは隣のポテトさんに流し目を送る。
 それはそれは美しい色気満載の眼差しだったが、ポテトさんは輝き煌めく超笑顔。
「恐ろしいものですねぇ」
 受けて流した。アウグスタ哀れ。
 あたしの眼差しに、アウグスタは一瞬だけ瞳で訴えてきた。
 訳『わかってくれ同士』。
 バッチコイ。
 朴念仁こそ女の敵だ。
「それよりも、まず挨拶でしょうね」
 あたし達の共感を察したのか、ポテトさんがちょっと早口でレメクを促す。
 レメクは丁寧にアウグスタに一礼した。
 抱きかかえられている格好のため、あたしも一緒に上下運動。
「ご無沙汰しておりました、陛下」
 息があたしにかかるのです。むふふんふん。
『…………』
 あ。あ。なぜあたしを下に降ろすのです!?
 抱っこ! 抱っこ!
 半泣きでぴょこぴょこ動くあたしを「めっ」という目で見てから、レメクはあたしの背を押して二人に真っ直ぐ対面させる。
 あたしは反射的に『授業』を思い出し、ドレスをつまみ、片足を後ろに退き、ちょこんと二人にお辞儀した。
「お招きありがとうございます、陛下、お義父様」
 王様とポテトさんはニッコリと微笑んだ。
 どうやら及第点だったようです。
 と思ったら、一瞬で豊かな乳に圧迫された。
「ぎゅむん!?」
「可愛いなぁ、ベルは。ふふふ、可愛いだろう、ポテト」
「ええ。大変可愛らしいですね。義父として鼻高々です」
 息! 息!!
 そろそろソレが凶器だと気づいてくださいアウグスタ!
 乳ーッ!!
「陛下。ベルが他界する前に返してくれませんか」
「なんだ、堪え性が無いな。そんなにベルを抱っこしたいのか」
「それは陛下でしょう。……そろそろ本気でベルが窒息するんですが」
 ハタと気づいたらしいアウグスタが、あたしを巨物の圧迫から解放する。
 本当に気づいてくださいッ!!
 顔に装飾品の後がくっきり入っちゃった気がします。
「……可哀想に。面白い顔になってしまったじゃないですか」
 女王様の隣でポテトさんが至福の笑み。
 顔と言葉があってませんよ!?
 てゆか面白い顔とは失礼な!
 むむっと抗議の眼差しを送ったあたしは、そこで二人の背後に立つ人影に気づく。
「……陛下」
 苦み走った渋い声。ヴェルナー閣下登場です。
 というか、ご帰還というか……
 とりあえず、お疲れ様でした。
「おお、ヴェルナー。どうした、息があがってるぞ。さては若い娘とダンスでも踊っていたか」
「陛下の元へ行こうとしましたら、幻の如く消え、風のごとくすれ違われてしまいましてな。元来た道を引き返してきた次第です」
 どうやらこの問題者二名。紋章の力なぞ使わず全力で走ってきたようです。夜会の主役たる王様なのに。
 ……ねぇ、ここ、王宮の格式高い夜会ですよネ?
 あたしの心からの問いをにじませた眼差しに、レメクが申し訳なさそうな顔でそっと視線を外します。
 答えに困られてしまいました。
「そうか。すまんな。ちょっと面白……いや、貴重な場面が見れそうだったので、つい」
「……なにが『つい』なんですか」
 閣下のかわりにレメクが小声で抗議。
 そして閣下はこのように抗議。
「私も見たかったというのに、さっぱりだったのです。これはもう、お二方に文句の一つでも言わねば気が済みません」
「……閣下……」
 レメクがとても物言いたげな顔になった。
 あたしはとても励ましたげな顔で閣下を見上げる。
 閣下! ファイト!!
 長生きすればきっといつでも見れるから!
 思いが通じたらしく、閣下は煌めく笑顔であたしにニッコリ微笑んでくれた。
 あたしももちろんニッコリだ。
「いつのまにか仲良くなったらしいな、お前達」
 そんなあたし達に、アウグスタはなにやら感慨深げに言う。
 ええ、とても仲良しです。
 なにせレメクスキスキ仲間(断定)ですから。
 しっかりと頷くあたし達に、女王様は大変嬉しげなお顔。
 その麗しい唇が開きかけ、
「陛下」
 タイミングよくかけられた可愛らしい声に、反射的に閉じられた。
 むむ? この声は……
 あたしはその声の主へと視線を向ける。
 方向はちょうどあたしの右手側。
 いつのまにかできていた人垣から現れたのは、愛くるしい美貌のお姫様だった。
「おお、リーシェ。見違えたぞ」
 アウグスタはその姿に破願する。
 そのアウグスタに向かって優雅に一礼したお姫様は、美貌の女王の言葉に頬を染めた。
「まぁ、光栄です、陛下」
 軽く頬を染めてはんなりと微笑む様は、まさに深窓のお姫様。隣にいる少年伯爵もちょっとポーッと見惚れております。
 がんばれ、姫様。浮気性の婚約者をガッツリ捕まえろ。
 そして、こうやって応援してるんだから、チラッチラッと鋭い一瞥をこっちに送るのはやめてくれないかなぁ?
 本気で姫様の婚約者には興味無いんだから。
「クレマンス伯爵も久しぶりだ。大きくなったではないか」
「は、はい、陛下。お、お久しぶりでございます」
 伯爵はぎくしゃくとアウグスタに一礼。
 その視線が輝く美貌と豊かな胸にそそがれているのは、たぶん、アウグスタ曰く「男として当然の反応」なのだろう。
 理由は不明だが。
 そして隣のお姫様は、もちろん冷たい一瞥を婚約者殿に。
 ……ヤキモチ焼きさんなんだなぁ……
「なかなかおおらかな交友関係を築きつつあるというのは、公爵からも聞いている。まぁ、何事も経験だが、ほどほどにな」
「は、はいっ」
 言ってくれ言ってくれ、と言わんばかりの姫君の眼差しだったが、さすがに口に出しては何も言わなかった。……なるほど、本音を直接口にするようなことはしないのですね、お姫様方は。
 レメクやバルバロッサ卿が前に言ってたのは、これのことだったのか。奥が深いものでございます。
 ふんふんと頷いていると、アウグスタがチラッとレメクを見た。
「せめてその十分の一でもおまえに甲斐性があればなぁ……とはいえ、まぁ、ベルがいるからもうそれはいいんだが」
「……何のお話ですか」
「いやなに。おまえの……というか、ベルの未来の話だ」
 ベル、と姫様の唇が声を出さずにあたしの名を呼ぶ。
 あたしはお姫様を見た。
 視線を感じたのか、お姫様もあたしを見る。……あのきっつい眼差しで。
 ……だーかーらー……
「……ふふん? なにやら、こちらはいろいろありそうだな」
 あたし達の様子に、アウグスタが意味深に笑う。
 気づかれた姫様は顔を赤くしてそっぽを向くが、あたしは微妙な表情でアウグスタを見上げた。
 お姫様の機嫌の取り方などあたしが知るわけもなく、こんな場所で「あんたの婚約者なんか興味ないから、いちいち睨まないで」だなんて言えるわけもない。
 なんだか言ったが最後、決定的に関係が悪化しそうな気がするのです。
『……賢明ですよ、ベル。たいへん賢明です』
 勝手に心を読み取ってくださったレメクが、あたしに向かって賛辞を送ってくる。
 褒められた!
「なにがあったか、だいたい予想はできるが……仲良くするがよい。これから家族として末永くやっていくのだからな」
 家族?
 あたしと姫様はきょとんと互いの顔を見合わせた。
 そろってアウグスタを仰ぎ見ると、女王陛下は晴れやかな笑顔。
「先だって会議で決定した」
 女王様の眼差しはレメクに。
 煌めく瞳でレメクを見つめたまま、彼女は軽く片手を挙げた。
 白くしなやかな美しい手に、周囲の視線は再度彼女の元へと集う。
「皆にも聞いてもらおう。──私は我が真名のもと、ここに宣言する」
 よく通る美声に、楽団員すらもその音を控えて止めた。
 静まりかえった広場に、女王陛下の宣言が響く。
「この娘、ベルを本日をもって我が第十二王女として王宮に迎える」
 あたしの顎が落っこちた。
 レメクは微動だにしない。
 ただ、ものすごく剣呑な気配が全身から漂った。
 そしてそれを牽制するように、アウグスタは最後にこう言ったのだ。

「そしてこれより九年後、このレメクをベルの婿とする」



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