2.宴の前に

 春の大祭。
 それは名の通り、春という季節を祝う、国を挙げての大きなお祭りである。
 始まりは、国が出来るよりもはるか以前に遡るらしい。
 どの部族でもやっていたお祭りのため、一つにまとまって『国』となってからも、ずっと長年続けられてきた行事なのである。
 春の大祭の一番のイベントは、夜、王宮から打ち上げられる巨大な花火だ。
 けどそれ以外にも、例えば大通りや小径を問わず屋台が並び、いろんなものが売られたり、大道芸人が来て様々な催し物をしたりと、なにかと楽しい事が多い。
 また、この時期、応答の人口は爆発的にふくれあがる。
 王宮で開かれる御前会議のために、地方から貴族がお供と共にやって来るし、観光客もドッと増えるからだ。
 そんな人達から小金をせしめるべく、人々は声高に商品や見所などを道行く人に向かってアピールする。
 その賑わいたるや、人々がひしめく南区から遠く離れているというのに、風にのって北区にまで声が響いてくるほどである。
 ちょっとでも裕福な人は、懐に小銭を忍ばせて港区に買い物に行くだろう。
 珍しい物を見たい人々も、いそいそと出かけるに違いない。
 しかし、あたしとレメクは家から動かなかった。
 昼になり、それこそ祭りが最高潮に盛り上がる中ですらも、家から一歩も出ないでいたのである。
 で、何をしているのかと言うと……
「……で。貴様等は、いったい未だに何をやっとるんだ!?」
 開口一番に言われた言葉に、あたし達はきょとんと部屋の入り口を振り向いた。
 北区、クラウドール邸、台所。
 レメクの太股の上にちょこりんと乗ってご飯を食べていたあたしは、口の端から出てるスパゲティをチュルリと吸い込んだ。
 もちゅもちゅもちゅ。
 あたし達が何をしているのかなど、これを見れば答えは一つだろう。
「食事ですが、何か」
 咀嚼に一生懸命なあたしを乗せたまま、レメクが淡々と答える。
 その答えに、女王陛下は盛大に嘆息をついた。
 四月。
 生きとし生けるものが等しく生命の喜びに触れる季節。
 街路樹は萌え、むき出しの路地には名も無き花が花弁を揺らし、食卓の上にも彩りが溢れる。
 春の花をつかった和え物。生ハムとカマンベールチーズと春野菜のサラダ。豆のポタージュスープに、小麦パン。子牛のソテーに、ラムのソルト&ブラックペッパー。トマトソースが絶妙なスパゲティに、フォンダンショコラのワンホール。
 思わずよだれも流れる料理の数々は、もちろん全部レメクの手料理だ。
 昼から豪華なそれらを食べているあたし達は、数刻後には王宮の夜会に出席することになっていた。
 四月初日から七日間は、春を祝う大祭が国を挙げてとり行われる。
 その大祭にあわせて、諸侯が王宮に集う御前会議が開かれ、夜には夜会が開かれるのだ。
 その夜会に、なんと、元孤児で現クラウドール家居候のあたしは出席するのである。
 そう。出席するのだが……
 あたしはゴクンと咀嚼したものを飲み込みながら、アウグスタを見上げた。
 なんで主催者の『王様』が、こんな時分にこんな所に来てるんだろうか?
「……お前達に常識とかそういうのを期待するのが馬鹿なんだと思うがな……。こら、レメク。夜会に出席する身で、なんだこれは。お前の家がすでにパーティじゃないか」
 あたし達の前に並ぶ美味極まりない料理達に、アウグスタの眦がつり上がった。
 レメクとあたしは一緒に首を傾げる。
「いけませんでしたか?」
「いかんか否かでは無い! 夜会とくれば、豪華絢爛な舞踏会! そして並ぶ超一流の料理! この二つがメインだろうが! そこでの食べ放題を前にして、わざわざ大量に飯食ってる意味は何だと言ってるんだ! (もぐもぐもぐ)……美味いじゃないか!!」
 文句いいながらツカツカ近寄り、ひょいぱくひょいぱくと手づかみで料理をついばむ女王様。
 あたしの目がつり上がった。
「ぁあああーっ! アウグスタ! それ、あたしのご飯よッ!?」
「ちゃんと王宮に用意しておるわッ!! くそ、このラム、下ごしらえが絶妙すぎる……! 酒が欲しいじゃないか!」
「ありません。というか、ベルのご飯を取らないでください。……あなたはいい大人でしょうが」
「こんなに大量にあるなら少しぐらいいいだろうが! というか、王宮で食べろ! 王宮で!! ……というわけでこれらは私も頂戴する」
「って最初からアウグスタが食べる気満々なんじゃないのッ!!」
 ものすごい神業速度で料理が消えていくのに、あたしは全力で悲鳴をあげた。ひどいひどい!
「おじ様! 抵抗して!! もう超スピードで!!」
「……普通に落ち着いて食べれないんですか、あなた達は……」
 レメクが呆れ混じりに嘆息をつく。
 ぁあああそんなこと言ってる間にチョコレートのケーキまでぇええええッ!!
 レメクの手に束縛されたまま、あたしはナイフとフォークを握りしめて涙目になった。
 ナイフとフォークを手に持っているのはあたし自身なのだが、そのあたしの手ごとナイフとフォークを握っているのはレメクだ。
 太股の上にチョコンと乗って、背後からレメクに操り人形のごとく動かされているのが、今のあたしである。
 このやり方の場合、食べ物がレメクに向かってミラクルジャンプしない。それ故にこんな姿なのである。
 最終兵器「鉄仮面」ですら即日廃棄処分と化したあたしの珍食事は、今では知人一同の間で伝説となっていた。
 それの対抗策として生み出されたこのマリオネット状態だが、これがなかなかの優れもの。
 なにせこれをやり始めてから、レメクは満腹以上になってトイレに吐きに行かなくてもよくなったのだ。素晴らしい、というか、ごめんなさい。
 ちなみにあたしは、レメクの太股とか胸板とかを存分に味わうことが出来るという、素晴らしい環境だったりします。天国万歳!
 だがしかし、この体勢には一点だけ落とし穴がある。
 嗚呼、悲しむべきは体格差か。レメクがフォークを操るたびに、あたしはイッパイイパイ腕を伸ばす格好になるのです。
 もちろんこんな格好だから、レメクが動かないことにはご飯は食べれない。
 で、どうなるかと言うと……
「……ふぅ……うちの料理長が、おまえの不在を嘆いていたぞ。もし許されるなら自分の後継者になってほしかったのだそうだ。んっふっふ、その気持ちが実によくわかるな。この美味さ……! 堪能できるお前は幸せだな、ベル!」
 満面笑顔で親指をおったてやがった女王陛下をあたしは涙を溜めた目で見上げる。
 もう仕方がないとばかりにレメクに解放されたあたしの手は、無意識に空になってしまったテーブルの皿をチョイチョイとフォークで引っ掻いていた。
 ……オボエテロ。
「……ベル」
 涙がこぼれそうなあたしを見下ろして、レメクがあたしの頭を撫でる。
 おじしゃま……
 あたしは涙目でレメクを見た。
 レメクがおおいに怯みやがった。
「あ、後で作ってあげますから!」
 おじしゃま……ッ!!
 あたしはナイフとフォークを握ったまま、レメクにぎゅっと抱きついた。
「痛ッ!?」
 なんかフォークがレメクの脇腹に刺さったような感触が?
「私は今、攻撃されたんですか? されたんですか?」
 確認のような疑問のような、ものすごく胡乱な声。
 あたしは、違うヨ、と盛大にレメクの鎖骨に頬ずりをする。
 ぴすぴすぴす。
 あぁ、なんて良い匂い。
 ぴすぴすぴぷ。
 レメクが盛大なため息をついた。
「……まぁ、いいでしょう」
「いいのか」
 速攻でアウグスタがつっこむ。
 その声を無視しつつ、レメクは彼女に向き直った。
「それよりも、陛下。こんなに早くおいでになったということは、ベルの準備はあなたが整えてくれるということですね?」
 断定で問い。それは問いなのか、問いじゃないのか。
 それ以前に意味がわからず、あたしはきょとんと首を傾げた。
 どういうことですか?
 そんな当事者あたしを床に降ろして、レメクが椅子から立ち上がる。
 すかさずあたしがガタゴトと重たい椅子を動かすと、すぐに大きい手が飛んできてきちんと元の場所に戻した。
 ……お片づけ失敗。
「まぁ、お前にドレスの着付けをしろと言っても、どうせ無理だしな」
「ええ。大変助かります」
「……素直に頷かれると、無理でも着付けをやらせたくなるが……まぁ、いい。今回はベルの初舞台だ」
 そう言って、女王陛下はあたしにニヤァと笑いかけた。
「ふふふ……完璧に仕上げてやるぞ? ベル」
 なぜだろう。今、壮絶に寒気がいたしました。
 あたしはレメクの太股にぎゅっとしがみつく。
 レメクがつんのめってコケかけた。
「ね、ねぇ、アウグスタ。今、ドレスって言った?」
「言ったとも。嬉しいだろう? ベル。素晴らしいドレスだぞ。……ちなみにレメク、貴様の服もあるからな」
 何故だか一生懸命あたしを太股から引き剥がそうとしていたレメクは、その一言にぎょっと顔を上げた。
「私もですか?」
「当然だろう。ベルのパートナーなんだからな」
「礼服で十分でしょう?」
「馬鹿を言うな。全然十分じゃない。いいか、レメク。お・ま・え・は! ベルのパートナーとして出るんだ。いいか? 重要なのは、ここだ。パートナー! なんだ」
 なぜか力一杯強調するアウグスタ。
 あたしはふんふんと大きく頷いたが、レメクはうんうんと首を横に振りやがった。
「それでも、普通は礼服で……」
「王命だ」
 ズパッと一言。
 たぶん最終兵器。
 レメクが深々と嘆息をついた。
「……どうせ、それを着ないと出席させないという腹づもりでしょう?」
「いや? 出席してもいいぞ。見つけ次第、裸に剥くが」
 それはそれで良いですね。
「……ベル。人としてその反応はどうなんですか」
 ぎゃーっ! 心読まれたッ!!
 ぎょっとなって離れたあたしをアウグスタのしなやかな手が捕獲する。
 ぷらーんぷらーんと片手で摘み上げられたあたしは、意外と強力なアウグスタに目を丸くした。
 てゆか普通、女性が片手で子供を掴み上げますかね?
「ふふふふ。子猫みたいに目を丸くしおってからに。さーぁ、うちの連中によってたかって飾り付けられるがいい」
 なんか語尾にハートマークがくっついてそうな声だ。
 うきうきと言うアウグスタは、なんとなくいつもより子供っぽい。なにがそんなに楽しいのか不明だが、今日の彼女は絶好調だ。
 ……いや、いつもか。
(てゆか『うちの連中』って?)
 きょとんとなったあたしは、その時になってようやく、台所の近くで待機するメイドの一団に気づいた。
 いつの間に?!
(というか、アウグスタ。まさか、玄関からトコトコ不法侵入したんですカ!?)
 いつもと同じ『門の紋章』を使っての瞬間移動かと思ったら、メイド部隊を引き連れての不法侵入。
 何をどうした所で不法侵入なのには変わりないのだが、今まで一度として玄関から入ってきたことのない彼女だから、あたしはものすごく驚いた。
 ええ。すごく驚きましたよ。どうやっても必ず不法侵入な所とかも。
 ……てゆか、普通、呼び鈴ならしませんか? 人として。
 あたしはジトッとアウグスタを見る。
 アウグスタはニュッと口の端を持ち上げた。
 八重歯がキラリ。
「覚悟をしておけよ、ベル」
 それはそれは美しい魔女の笑みに、あたしはシューンと意気地が萎れちゃうのを感じたのだった。

 ※ ※ ※

「ぎゃぁあああ痛い痛い痛い中身出るーッ!」
「この程度で出るか!」
 あたしの絶叫と、アウグスタの叱責が部屋に響く。
 あらゆるものが完璧に揃った屋敷の居間で、あたしは拷問具を身につけさせられていた。
 それの名はコルセット。恐ろしく強烈な敵である。
「女の魅力はくびれだぞ!? おまえの女なら、ちょっとくびれてみせろ!」
「子供に無茶言うなーッ!!」
 あたしは正論を叫び、必死にアウグスタの魔手から逃れようとする。
 しかし! メイド部隊がそれを許さない!!
「多少なりともくびれが無いと、このドレスは着こなせませんので」
 嘘つけぇッ!!
 あたしは件のドレスを睨みつけた。
 どうあがいても寸胴型。胸も腹もツンツルテンなその服の、どこにくびれがいるっちゅーんじゃぁああッ!
 きしゃーっ! と威嚇するが、王宮の、しかもアウグスタの近辺にいるような猛者メイドには通用しない。
 ぎゅーぎゅーと締め上げられて、あたしはよろよろぱたん、と倒れた。
「ぅぅ……腸が出りゅ……」
「……胃よりも先に腸が出るのか貴様は……」
 どっちも出そうです。
 床に撃沈しているあたしは、パンツとコルセットだけのあられもない格好。
 しかし、すでにこれだけであたしは疲労困憊。むしろ瀕死。なんか一ヶ月以上かけて蓄えてきた生命力が、全力でダダ漏れしちゃった気がします。
「ほら、ベル。次は下着類をつけるぞ。さーぁ立った立ったぁ」
 嬉しそうなアウグスタの声。
 あたしは涙混じりにそれを見上げた。
 よいこらしょ、とメイドさんがあたしを抱き起こし、姿見の前に設置する。
 あたしは見た。鏡に映る、今にも泣きそうな蒼白な子供を。
 あぁ可哀想だ。可哀想だあたし。
 しかし、そんなあたしには構わず、メイドさん達はテキパキとあたしの身支度を調えていく。まさに着せ替え人形のごとく。
 ぶわっと視界を覆った白いものは、おそらくドレスの本体だろう。次の瞬間には引き下ろされ、メイドさんの姿が目の前に。
 うぉ。美人だ。
 あたしの真正面に立って着付けをしてくれているのは、二十歳そこそこぐらいの人だった。
 お姫様みたいな綺麗な人だけど、表情がちょっと硬い。
 きっと笑ったら素敵だろうになぁ……
 あたしは思わずまじまじとその人を見上げる。何故かひるまれました。
 どういう意味ですか!?
「ベル。ちょっと姿見を見てみろ」
 やや笑い含みにアウグスタが声をかけてくる。
 さっきからずっとあたしを面白そうに観察していた彼女は、今は綺麗な銀細工を手に微笑んでいた。
 あたしは一度彼女を見てから、姿見のほうを見る。
 綺麗なドレスを纏った小さなお姫様がいた。
 もちろん、それは目の錯覚だ。
 だってそこにいるのはあたしなんだから。
 けど、一瞬でもそう見えてしまったほど、そのドレスは素敵だった。
「……きらきらしてる」
 そのドレスに視線を落として、あたしはぽつりと呟く。
 アウグスタが視界の端っこでちょっと微笑っていた。
 あたしが着せて貰ったのは、なんだか柔らかい色合いの白いドレスだった。
 白といっても、普通の白とはちょっと違う。
 なんだか表面が柔らかくきらきら光ってて、すごく色合いが優しい。
 全体的にそんな淡い白っぽい色のドレスだが、そこに輝きを押さえた銀で綺麗な模様が入っている。
 大胆な模様は蔓草のそれにちょっと似ているが、無学なあたしにはそれがどんな模様なのかわからなかった。
 ただ、とても丁寧に仕上げられていることはわかる。一針一針、職人が魂を込めて作ったものだ。
 ちょいちょい、とドレスを摘んでいるあたしに、アウグスタが笑い含みに言った。
「これはな、ベル。真珠を粉にして、織り込んだ布で作ってある」
 あたしの顎が落っこちた。
 あの、一粒数百リメオン金貨とかいう、シンジュですか!?
「布は真珠、刺繍はミスリル。世界でこれ一着しかない逸品でな、当時はこれ一着で城一つが買えるほどの値段だった」
 今でも充分買えそうです。ちっちゃいですが。
 あたしはゴクリと唾を飲み込んだ。なんだかあまりのことに気持ちが悪い。
 裾踏んで破いちゃったりとかしたら、どんな罰を受けるんだろうか?
 青くなったあたしの髪を、アウグスタが慰めるように優しく撫でた。
「そう、気負うな。どうせ古着だ。昔、私が着たことのあるものだからな。実はあちこちに昔のやんちゃの跡がある」
 アウグスタの声に、あたしは更にぎょっとなって彼女を見上げる。
 昔のやんちゃ、というのも気になるが、それよりも、大問題なのがその前のセリフ!
 女王陛下の着たドレス!?
「もう十年以上前のものだから、デザイン自体はちょっと古いがな。今でも充分着れるものだ。それをおまえのサイズに仕立て直したのがこれだ。……なかなか素敵だろう?」
 あたしはこわごわとドレスの表面を撫でた。
 確かにドレスは素敵だ。だが、その背景にあるものが怖すぎる。
 あたしは半泣きでアウグスタを見上げた。
 てゆか、なんでそんなドレスを着させてくれちゃったりするんですか!?
「こ、こんなの着ても、いいの? あたし」
 できればもっと素朴なのとかにしてほしいです、本当に。
 そんな願いを込めて見上げたというのに、アウグスタは笑って頷いた。
「あぁ、いいとも。むしろ、おまえに着てもらわないと困るのだよ」
「?」
 あたしはその声に首を傾げる。
 女王様は笑ってあたしの頭を撫で、
 そうして次の瞬間、
 その笑みを消した。
 強い眼差しが、真っ直ぐにあたしを射抜く。
「ベル。おまえは私の家族だ」
 何かを確認するような、
 何かを宣言するような、
 そんな強い意志が宿った声だった。
「あの日あの時、私自らがそう告げた。その言葉に嘘は無い。故におまえにこれを贈る」
 世界で一着しかない、自分が着たこともあるというドレスを。
「おまえ以外の者がこれを着ることは私が許さず、おまえ以外の者がレメクの傍らに立つことも私は許さない」
 その声に、なぜか、あたしではなくあたしの背後のほうに動揺が走った。
 けれどあたしは、ただアウグスタだけを見つめる。
 なにか、大切なものを語ろうとしている魔女を。
「ベル。心しておけ。王宮は魔窟だ。あそこほど、華やかでおぞましい場所はあるまい。その中に、今日、おまえは足を踏み入れる。その理由は、おまえがレメクの傍らに立つ者だからだ」
「…………」
「おまえがレメクの傍らにいるということは、そういうことだ。人と人とは繋がっている。レメクと共にいる限り、レメクの側の全てがおまえと繋がることになる。……王宮は、その最たるものだ。だからこそ、私は今日、おまえを王宮に招く」
 そう言って、アウグスタはその夜明け前の空色の瞳にあたしを映し出した。
 あたしだけを。
「おまえをレメクの正式なパートナーと認めるためさせるためにだ」
 正式なパートナー。
 その言葉の意味をあたしはゆっくりと噛みしめた。
「おまえにとっては寝耳に水で、準備期間もほとんど無くて、嫌な思いばかりする最悪なイベントだろう。……だが、これには意味がある。だから」
 だから、と、アウグスタは続けた。
 強い声で。
「赦せとは言わない」
 強い瞳で。 
「ただ、耐えろ」
 耐えろ、と。
 それが当然の如くアウグスタは言った。
 ああそうだ。……当然なのだ。
 あたしがあの人と一緒にいることを本当に望んでいるのならば。それはごく当たり前のことなのだ。
 あたしは頷いた。
 逡巡など、しようはずがなかった。
「わかったわ」
 アウグスタが微笑う。それはそれは美しい、清らかな笑みで。
「さぁ、最後の仕上げにかかろう。髪をいじってな、このティアラをつけてやるんだ。ふふ、可愛いぞぉ、ベル」
 ふいに口元を緩ませて笑うアウグスタは、やはりどこか子供めいたものを感じさせた。
 それは、何か昔の夢をもう一度見ようとしているような、どこか懐かしい思い出を開こうとしているような、そんな不思議な笑みに見えた。
 あたしは首を傾げる。
 メイドさん達の手が伸びてきて、そんなあたしの髪を櫛で梳く。
 て、痛ッ!?
 ここ丸一月以上全力でつや出し加工をしていた髪が、櫛に引っかかって頭皮を刺激する。
 あたしは反射的にそちらを見た。
 申し訳ありません、と即座に謝罪が飛んでくる。
 けれどあたしは、それに対して何の返答もできなかった。
 綺麗なメイドさんが、あたしの髪を梳いてくれている。
 けれどその顔は、先程までよりもいっそう硬く、そして厳しいものだった。



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